New Museum Walk: SJ60 Commemorative Feature A Guide to Discovering Made-in-Japan Treasures at Singapores National Museum (Aug Issue 2026)
01 Aug 2026
新ミュージアム散歩
SJ60記念記事

「シンガポールの国立博物館で見つけるメイドインジャパンのすすめ」
シンガポールの博物館で、日本のものが見られるのをご存じでしょうか。
ミュージアム日本語ガイドグループでは4つの国立博物館をご案内していますが、日本と関わりのある展示に出会うことが多くあります。今回は、アジア文明博物館(以下ACM)とその分館であるプラナカン博物館にてご覧いただける、日本で製作された展示品をご紹介します。
ACM 2階Christian Art (キリスト教アート)ギャラリー

ACMで日本にまつわるものとして最初に挙がるものと言えば、踏み絵かもしれません。お客様から「踏み絵があるって本当ですか?」とご質問頂くこともあります。
ここに表される磔刑(たっけい)のモチーフは、ヨーロッパの印刷画もしくは板絵を参考に作られました。踏みつけることを目的に作られ、裏面の四隅には短い足が付けられています。ギャラリー内の説明文には、日本の絵踏の手法や時代背景についても紹介されており、展示品名も“Fumi-e”と日本語がそのまま使われています。近くのショーケースにはもう一枚踏み絵の展示があり、こちらはピエタと呼ばれる、磔刑後のイエス・キリストを腕に抱く聖母マリアのモチーフが描かれています。どちらの踏み絵も装飾の凹凸が薄くなっていることから、その用途を感じられます。

日本ではキリスト教がおよそ260年の間禁止されていましたが、当時キリシタン禁制の立て札が各地に掲げられました。こちらは慶応4年(1868年)3月付けで、日向の国(現在の宮崎県と鹿児島県の一部)に設置されたものです。キリスト教は禁止であり、これを固く守るよう書かれています。

こちらの十字架のペンダントも日本製です。下部のつまみを外すと上下に開き、中に大切なものを保管することができます。展示正面にはイエス・キリストが、そして裏面には聖母が表されています。聖母マリアの足元の花はおそらく菊。日本で活動する西洋のキリスト教宣教師の為に作られたと考えられています。ショーケースには鏡が設置され、裏面もじっくり鑑賞いただけます。
表面の色にご注目頂くと、黒と金のコントラストが印象的です。これは金属板に漆を塗り、彫刻や装飾を加えて作られています。この技法をオランダ商人はSawasaと呼び、主にオランダ東インド会社向けに生産・輸出されました。
漆を使った工芸品は他のギャラリーでも楽しむことができます。
ACM 1階Maritime Trade (海上交易)ギャラリー

こちらは南蛮漆器のチェストです。南蛮漆器は、漆の文様に金粉をちりばめた蒔絵(まきえ)に加え、真珠母貝を貼りつける螺鈿(らでん)という技法も使った、豪華な工芸品です。その興りは、日本にやってきたキリスト教宣教師たちが蒔絵を気に入って宗教用具を発注したことに始まり、キャビネットや箪笥などの家具も多く作られ、ヨーロッパへと輸出されました。なかでも一番多く作られたのが、こちらのヨーロッパスタイルのチェストです。特徴はこの形。長方形の箱に蝶番でかまぼこ型の蓋が付けられています。洋櫃(ようびつ)と呼ばれました。
また、表面にご注目頂くと白い小さな斑点模様に気付きますが、これはエイの皮を磨いて漆が塗られたもので、鮫皮貼りと呼ばれます。鮫皮貼りは複雑かつ時間もコストもかかる珍しいものでした。
海上交易ギャラリーでは、日本から輸出された品が他にも展示されています。

こちらは火縄銃です。1543年に鉄砲が伝来すると、大名たちは鍛冶屋に複製品を発注し始め、16世紀後期には日本は世界有数の武器輸出国となりました。
銃身には輸出先であるヨーロッパ人の姿や菊、唐草模様が真鍮と銀で美しく描かれています。銃身の下には「伏見住 渡辺吉右衛門尉作」と刻印もあるようですが、展示では残念ながら銃床(木製の台)に隠れています。そして銃床には穴があり、火縄や持ち運び用のストラップのほか、カルカ(火薬や弾丸を中に詰める木の棒)を通すために使われたと考えられています。

佐賀県・有田で17世紀後半に作られた磁器のお皿も展示されています。有田では、1616年頃に日本初の磁器の焼成に成功しています。そしてヨーロッパ向けの輸出品として、中国の芙蓉手(ふようで)と呼ばれる文様を模倣し始めました。芙蓉手は、皿の中央に大きな円を描き、その周囲を複数ブロックにわけて配置する構図で、これが芙蓉の花を連想させることから名づけられています。ショーケースには、他にも中国・景徳鎮(けいとくちん)の芙蓉手が多数並びます。有田と景徳鎮とで、皿の厚みや筆の運びが若干異なることをお楽しみいただければと思います。
海上交易ギャラリーでは、こちらのお皿のほか、鮮やかな赤や金色も使用した展示品もあり、有田の磁器の世界的な人気を感じます。それはシンガポールに根付くプラナカンの人々へも渡っていました。
プラナカン博物館 2階Ceramics and Food Culture (陶磁器と食文化)ギャラリー

こちらは有田で作られたプラナカン特有の磁器で、カムチェンと呼ばれます。蓋と両側の取っ手がある壺で、水やスープ、おかずなどを保存しました。
プラナカン食器の多くは景徳鎮で作られました。その特徴は、プラナカンの好みに合わせた華やかな色使いと吉祥文様。よく見られるのは緑やピンクの地色に鳳凰や牡丹が描かれたもので、ギャラリーにも多数展示されています。そちらと比較すると、この有田のカムチェンは色使いもデザインも日本風。ご覧になると日本を思い出し、ホッとされる方も多い逸品です。
シンガポールと日本の外交関係樹立60周年の今年、両国の文化に思いを馳せてみませんか。これからの相互理解の深化への一助となるよう、私どももガイド活動に取り組んでまいります。
文章・写真 ミュージアム日本語ガイドグループ 柏倉 見奈
