Shining mimosa star The 11th Principal, Singapore Ballet (Top dancer) Ms Uchida Chihiro (Mar issue 2023)
28 Feb 2023
シンガポール・バレエ プリンシパル(トップダンサー)内田千裕さん
シンガポールで踊れる幸せを感じて。
2月号の「ホール探訪シリーズ」でご紹介したエスプラネードシアターを中心に活動しているシンガポールバレエ(SB)で、プリンシパルを務める内田千裕さんをご紹介します。2005年の入団以来、数々の舞台で主役を務め、その表現力の高さで多くのファンを魅了している内田千裕さん。公演前のお忙しい中、オンラインでの取材に快く応じてくださいました。
✿プロフィール 内田 千裕(うちだ ちひろ)さん✿
栃木県出身。2歳半でバレエを始め、高校1年生の時にオーストラリアン・バレエ・スクールに留学する。卒業後2005年にシンガポール唯一のバレエ団であるシンガポール・ダンス・シアター(現シンガポール・バレエ)に入団。現在、夫の中村憲哉さんと共に、ダンサーの最高位であるプリンシパルを務める。
聞き手
シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校教諭 永地志乃
ー バレエを始められたきっかけは何でしょうか。
内田さん 母いわく、私は歩き始めるようになってから、テレビから流れてくる音楽と共に、踊り始めていたらしいのです。音楽にのせて体を動かすのが好きだった私を見ていた母が、私にバレエを習わせたらいいんじゃないかと思い、2歳半で初めてバレエのレッスンに連れて行ってくれました。母自身も、幼い頃にバレエを勧められたのに断ったらしく、大人になってから「やっておけばよかったかな。」という母の思いもあったのだと思います。これがきっかけで、私のバレエ人生が始まりました。
身内でバレエをされている方はいなかった内田さん。3歳を過ぎてから生徒を受け入れる教室が多い中で、内田さんが住んでおられた栃木にあるバレエ教室は、2歳半の内田さんを受け入れられたとのこと。そこから内田さんのバレエ人生がスタートしました。
高校1年生のときにオーストラリアン・バレエ・スクールに留学された内田さん。このスクールは、シンガポール・ダンス・シアター(現SB)の創設者であるゴースキンさんが所属していたスクールだったそうです。SBと繋がりがあるこのスクールの校長先生にSBを勧められた内田さんは、オーディションを受ける決心をされます。ですが、他の世界も見てみたいと思われ、19歳のときにヨーロッパやカナダなどに単身で渡り、3カ月間オーディション巡りをされたとのこと。そして、来星。SBと出会い、今年で17年目。
ー 内田さんが踊られている姿を拝見していると、表情や指先まで洗練されたものを感じます。日頃どのようにご自身を磨かれているのでしょうか。
内田さん 毎日、自分の体と向き合うことに集中しています。朝バタバタして、スタジオに駆け込むのですが、バーに手を置いた途端、自分の感じることに焦点を置いて、精神集中してトレーニングするように心がけています。どれだけ疲れていても、眠くても、背中が痛くても、その日その日の自分と向き合おうという意志をもって毎日をスタートさせています。
ー 1日どれぐらい練習されているのですか。
内田さん 毎朝10時から1時間半のバーレッスン、センターレッスンなどから始め、昼休みを1時間位はさんで、午後5時半まで毎日トレーニングをしています。
ー 印象に残っておられる演目や役は何でしょうか。
内田さん 2010年頃だと思うのですが、「眠りの森の美女」のオーロラ姫を演じました。私の両親は、毎年、年に2回ほど、日本から飛んできて公演を見てくれるのですが、そのオーロラ姫を踊ったときの父の大きな声の「ブラボー!」が、私のバレリーナ人生の中で本当に忘れられない思い出で…。もちろん、その「ブラボー」自体も嬉しかったのですが…。私の父はすごいシャイで、私は父とは母ほど親しくない関係だったのです。子どもの頃は反抗期などもあったりして、教員の父に当たった時期もありました。私に関してあまり口に出さない父で、不満も言わないし、誉めもしないし、本当に何も言わなくて。そんな父が大きな声で「ブラボー!」って客席から叫んでくれたんですね。(涙ぐまれる内田さん)私は認めてもらえたんだなぁと初めて実感したときだったのです。それが嬉しくて。「ブラボー」にすべてが含まれていた気がして、何よりも忘れられないのです。でも、母は、「パパずるいよねー。私はこれだけ応援して、いつも気持ちを伝えてきているのに、全然何も言わない人が一言でそんなに印象を与えちゃって、ずるいよね。」なんて言って笑っているのですけど。これもエスプラネードでの思い出です。恥ずかしがりやの父が、人前で大きな声で言ってくれたのが心に響いて、忘れられません。
当時のことを思い出され、そのときの思いとともに涙が溢れておられた内田さん。そんな内田さんも今は3歳の娘さんのお母様です。大変だったことをお聞きすると、産後復帰のことを話してくださいました。長いブランクの後に復帰され、自分が納得いく踊りがなかなか踊れなかったとのこと。また、復帰公演を終えてすぐにコロナ禍の影響で公演ができなくなってしまい、ご自身の体や踊りに納得いかない時期がどんどん延びてしまったそうです。
そんな時期を乗り越えられた内田さん。徐々に規制が緩まり、エスプラネードシアターでも公演ができるようになってきました。
ー エスプラネードシアターは、内田さんにとってどんなところですか。
内田さん 私にバレリーナ人生を与えてくれた場所です。バレエダンサーにとってステージに立つということが財産ですし、幸せでもありますし、最も経験を積める場所だと思います。スタジオでの毎日のリハーサルも、もちろんトレーニングにはなるのですが、ステージに立ってお客様の前で踊るというのがなければ、プロのバレエダンサーではないと思います。エスプラネードシアターは2005年から経験を積み上げてきた場所、その場所を与えてくれたシアターです。こうやってステージに立てる環境、お客様の前で踊れる幸せを与えてくれたエスプラネードシアターには思い出がたくさんあります。私の成長を見届けてくれているシアターですね。
ー ダンサーとして今後の展望をお聞かせください。
内田さん 17年間踊ってきて、今までたくさんのお客様から励ましのお言葉をいただいて、それが私の励みになってここまでやってこれました。これからも見てくださる方に、今までどおり、インスピレーションや何か感じるものを伝えていけたらと思います。
ー お休みの日は、どのように過ごされていますか。
内田さん 私はインドアで、おうちでゆっくりするのが大好きなんです。家族でどこにも出かけないで「新しいディズニーでも見ようか。」などと言って、娘と一緒にビデオを見たりします。娘はいろいろ訊いてくるので、私たち3人で説明しながら楽しい時間を過ごしています。出かけるとしたら、近くのプレイグラウンドに行って、滑り台で遊ぶなど、比較的ゆっくり過ごすのが好きです。
娘さんは3歳。すでにこの年齢でバレエを始めておられた内田さん。娘さんのバレエについてお聞きすると、「踊るのも、歌うのも好きみたいで、バレエに限らずミュージカルなど好きなことをやらせてあげたい。」とおっしゃっていました。
ー 日本人学校にはバレエを習っているお子さんがたくさんいます。何かアドバイスをいただけませんか。
内田さん バレエを楽しんでほしいです。習い事でも職業でも、楽しくないとつらいので。とにかく楽しむということを一番大切にしてレッスンに励んでもらいたいです。もちろん、成し遂げないといけないこともあると思いますが、前提として楽しむことが大事だと思います。
ー 最後に、日本人会の会員の皆さんにメッセージをお願いいたします。
内田さん SBをご存じの方も、すでに応援してくださっている方もおられると思いますが、まだの方にはぜひシアターに足を運んでいただきたいです。バレエをあまり知らない方は見に行くことに抵抗があったり、バレエは言葉を発しないということで、自分が理解できるかと不安になったりするかもしれませんが、そういう方には、「総合芸術」として、バレエを楽しんでいただければと思います。舞台セットや衣装などの華やかさをご覧いただいたり、オーケストラと一緒に上演されるという楽しみ方も味わっていただいたり、バレエ全体を楽しんでいただきたいです。3月には『ドン・キホーテ』を上演します。楽しい内容のバレエになっていますので、バレエが初めての方や、ストーリーをご存じない方にも、分かりやすい演目です。今まで見に来てくださっているお客様も、初めてのお客様も楽しんでいただけると思いますので、ぜひいらしてください。
*『ドン・キホーテ』などの公演情報はこちらのSBのサイトをご覧ください。
インタビュー後談
鍛え上げられたお体と、研ぎ澄まされた表現力。「人間って、こんな動きができるんだ!」と、内田さんの舞台を見るたびに感動します。そんな内田さんのことを、雲の上の存在で、近寄りがたい方なのでは…と勝手に想像していましたが、それは全く違いました。柔らかく優しく、謙虚で、気さくにお話をしてくださる素敵な方でした。バレエと育児の両立は、本当に大変だと思います。でも、それも楽しんでおられることが伝わってきました。ますます内田さんのファンになり、これからの公演がさらに楽しみになりました。
今回もSBのヤング靖子さんに大変お世話になりました。ヤングさんが書かれた「バレエの交差点 シアター・ノート」(『南十字星』2020年7月号〜2021年6月号)を読まれますと、さらにバレエをお楽しみいただけると思います。ウェブサイトでもご覧いただけますので、ぜひお読みください。
https://www.jas.org.sg/magazine/ballet-passages-page
文責:シンガポール日本人学校クレメンティ校教諭 永地志乃
取材協力:シンガポール日本人学校クレメンティ校教諭 外川さつき
画像提供:シンガポールバレエ、内田千裕
