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Shining mimosa star The 12th Music therapist Ms Sakai Kiyomi (Jan issue 2024)

15 Dec 2023

 


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ひとりひとりの凸凹を見つめながら、「好き」の細分化をすることが重要だと思っています。


 


今回は、音楽療法士の酒井希代美さんをご紹介します。


(インタビュー日:2023年10月7日)


✿プロフィール 酒井 希代美(さかい きよみ)さん✿


 6歳からピアノを始めた。音楽大学で音楽療法を専攻。卒業後は福祉の道に進み、生活介護や児童デイサービス管理責任者として障害のあるお子さんへの支援に携わった。2016年にシンガポールに来て保育士として働き始め、2017年からは幼稚園の音楽専任講師として子どもたちに音楽を教えている。現在は生後3カ月の赤ちゃんから通える音楽教室Key of Sensesを主宰。リトミッククラス、ベビーマッサージ、感触あそび、ミニコンサートを定期開催している。ピアノレッスンでは、2歳から始めるグループレッスンから大人の方まで幅広い年齢層の生徒さんが在籍している。音楽療法を受けてくださるお子さんも増えてきており、シンガポール内3カ所(EastWestOrchard)でレッスンを行っている。


連絡先 lalalamusic.sg@gmail.com


インスタグラム  @KEY_OF_SENSES


聞き手
シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校教諭 ルイーズきよ子、田原口和華子、堀内成美


音楽療法とはどんなものですか?


酒井さん 音楽の様々な力を利用して、対象者が抱えている困りごとの改善を促し、よりよい生活を送ることができるようにアプローチする療法のことです。音楽療法は音楽を意図的計画的に使用しているということが大きな特長です。レクレーションと音楽療法の違いをよく聞かれます。レクレーションはその場が楽しいことを目指していると思いますが、音楽療法は、長期的にその方が抱えている困りごとの改善が促せるよう、計画を立てて実践し、振り返りをしていくということが大きな違いだと思っています。


なぜシンガポールで音楽療法に取り組みたいと思ったのですか?


酒井さん 私は大学で音楽療法を勉強し、日本でも活動してきました。シンガポールに来た時も日本と同様に音楽療法の分野で何かお役に立てないかと思っていましたが、何をどのように必要とされているかがよくわからないでいました。現在は、学校以外の場所で、子どもたちが自己表現できる場所、自分らしくいられる場所をつくり、音楽を通して子ども自身が豊かになれる楽しみを一緒に見つけていけたら嬉しいなという思いがあり現在の様な活動を続けています。    
 日本では、放課後等デイサービス(※)の中でも、音楽療法に特化したデイサービスもあり、非常に需要が高く、定員いっぱいになってしまう状況でした。きっとそういう場を求めている日本人の子どもたち、そして親御さんは、シンガポールにもいらっしゃるのではないかと思っています。


※児童福祉法を根拠とする、障がいや特性などの困り感を持つ学齢期の児童 等を対象とした児童福祉サービスの一つで、自立支援と日常生活の充実の ための活動、地域交流、余暇の提供などを行う。


学校の音楽の授業との違いは何ですか?


酒井さん 学校の先生方は、集団を見ている中で、子どもたちひとりひとりのサポートをしながら成長を見守っていらっしゃいます。同じように、音楽療法もひとりひとりの凸凹を見つめるのですが、大きな違いは、環境設定をしっかりするということです。つまりいろいろな刺激があると集中できなくなるお子さんには、余分な刺激のない環境を作ります。学校現場では少し難しい部分かなと思いますが、学校生活があるからこそ、子どもたちは学び、たくさんの経験が出来ます。音楽療法で経験したことが学校や日常で定着されるよう取り組んでいきますので、子どもたちは学校生活と音楽療法の相互作用によって成長していきます。 音楽療法の活動内容を考えていくうえで、子どもの「好き」を大切にしています。好きを細分化して考えてみることも重要です。例えば私はピアノ講師ですが人前で弾くことが苦手です。演奏家の方々は人前でパフォーマンスをするのが好きです。私は、子どもにピアノの楽しさを伝えるということが大好きです。ですから同じ「ピアノが好き」の中でも細分化して見ていくと人によって様々です。お子さんの「好き」が何かを客観的に見極めていくことを大切にしています。音楽の中でも、楽器を叩くのが好きなのか、歌を歌うのが好きなのか、音を聴くのが好きなのかということを観察します。音楽療法士と子どもの関係性の中で、「好き」が増えていくといいなと思っています。ですから音楽療法にはいろいろなバリエーションがあるのです。 
 また、学校の授業では、教える内容が決められているということがあると思いますが、音楽療法はこちら側から引っ張るということはなく、「好き」が増え、伸ばしていくことが大切です。出来る!という気持ちは、子どもの肯定感を高めます。「これをせねばならない」というようなものは全くありません。その点も違いと言えるかと思います。


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高齢者の方々への音楽療法は子どもたちへのそれとは違いがありますか?


酒井さん 困難を抱えている方に実施する音楽療法は、対象の方への心理的なケアがとても大切だと思っています。孤独感や喪失感など、認知症の方々の潜在的な思いにまず共感して、その場に一緒にいるという安心感を持っていただき、信頼関係づくりから始めていきます。例えば障害のある子どもも、音楽療法の場では誰とも比較されないし、そのままのあなたが素晴らしい!ということを伝えていきます。その基本はどの分野でも同じであると思っています。信頼関係がある上で、高齢者の方は、身体的な機能を保持する活動を入れたり、QOLQuality of life)を高められるように考えたりします。子どもたちにも運動機能、コミュニケーション、社会性などの向上を目指したりしますが、活動内容はやはり高齢者の方とは違ってくると思います。本質は、安心安全な場で音楽療法士との信頼関係のもと、一緒に音楽を楽しみ、豊かな人生を創造するということです。


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1回のレッスンの時間はどれくらいですか?


酒井さん 集団で行う場合は45分、個人の場合ですと30分くらいです。初めは短い時間でも、徐々に延ばしていきながら行っています。集団と個人は、こちらが提供できる内容が変わってくるので、どちらもあってよいと思います。何がそのお子さんに必要かということを、本人と親御さんと私の三者でお話しします。


個別の音楽療法では、どのようなことをされるのですか?


酒井さん ひとりひとりが持っている個性を見ながら、親御さんと、できれば学校の先生とも連携をとって、そのお子さんをいろいろな側面から見ることが本当に大事だと思い、そうしてきました。個人のレッスンで例を上げますと、学校の校歌が好きになり、「ピアノで弾いてみたい!」というお子さんがいらっしゃいました。ピアノを触ったこともなかったので時間はかかりましたが、四和音も出てくる難しい校歌を弾ききることができました。好き、やってみたい気持ちは困難を乗り越えていくことが出来ます。日本での活動の良い思い出です。


集団の活動としてはどのようなことを行っていましたか?


酒井さん 集団だと8人ぐらいで行っていました。初めは親御さんも一緒に参加して、徐々に離れていただくようにしました。内容としては、着席をすることから始め、楽器を順番に使うこと、友だちを待つこと、楽器を通して力の入れ方のコントロールを学ぶこと、友だちの活動を見守ることによって友だちの成長にも気付くこと、ゲームなど勝ち負けの感情をコントロール出来るようサポートすることを行ってきました。以前日本の放課後等デイサービスで音楽療法をしていた時は、そのお子さんがどのように成長してきたかということを記録に残していました。今私がシンガポールで行っている活動でも同様に行っておりますので、本帰国された後も、お子様の成長経過が見られると、親御さんも安心して次の場所に状況を伝えられるのではと思います。理想的には音楽療法を通して関わる期間は長ければ長いほど良いと思います。


集団の授業だと、「こちらの子はこの曲が好き。だが、こちらの子はその音が苦手でその場にいられなくなる。」ということがしばしばあり、それぞれ好みが違う中で、どのような選択をしていったらよいでしょうか?


酒井さん それは悩みどころですね。音楽療法場面でも集団に対して目的をもって選曲するので、それがヒットしない子がいることはあります。苦手な音を克服するより、どうやったら受け入れられるようになるかを考えます。例えばイヤーマフを着けてみるなどの配慮をして、その子がその場に一緒にいられる環境を作ってあげる、そしてお子さんのタイミングを待ちます。こちらの期待はたくさんありますが、ゆっくり、信じて、待つことが大事だと思いますし、相手を尊重するということですね。補助具などの支援や多方向からのアプローチを受けることによって、音に対する経験値を増やしてみる、身体の未発達からくる経験不足の改善、その積み重ねによって、苦手な事でも、受け入れていける身体が育っていきます。音楽療法では、その子に合った体の動かし方、苦手な細かい動き、力加減などを、音楽と楽器を使って経験していくことができます。苦手なことの裏には、たくさんの未発達が重なり合っているものです。それを丁寧にスモールステップで繰り返しやってみる。ひとりひとりにとって必要なことを探り、チャレンジしていこうと保護者の方とお話ししています。


発達に障害のある子どもたちが心地良いと感じる音楽はどのようなものですか?


酒井さん やはり好みはみな違いますので、一概には言えませんね。でも、どのお子さんに対しても、何が好きかの細分化が重要だと思うので、この音が好き、アップテンポが好きなど、時間をかけてこちらが観察して、何が好きかを見つけたり、「好き」を増やしていったりすることが大切かなと思います。例えば音に過敏なお子さんがいたとして、音は苦手だが書くことが好きだったらそちらからアプローチする、音楽以外の分野から入っていくことも考えられます。


現在の状況から今後の課題などがあれば教えてください。


酒井さん 日本では音楽療法士は国家資格ではないため、音楽療法を受けても保険でまかなうことが出来ません。アメリカや諸外国では、国家資格になるので保険が適用されるという大きな違いがあります。その辺りが日本でまだまだ認知度が低い原因のひとつかもしれません。最近では放課後等デイサービスのなかで取り組むことが増えましたが、音楽療法士の数がまだまだ少ないということもあります。今後はもっと増えたらいいなあと心から思っています。今後はここシンガポールで、まずは音楽療法の認知度を高める活動と実践を行っていきます。


困り感を持つ保護者の方にメッセージをお願いします。


酒井さん 子どもたちはきっと今でも幸せだと思いますが、安心できる場所がもう一つ増えたら、きっともっと豊かな経験ができるのではと思います。そして、お子様の笑顔が保護者の皆さんに安心や幸せをもたらしてくれます。まずはお話を聞かせていただけたらと思いますので、ぜひお声がけください。


このたびは、貴重なお話をありがとうございました。


酒井さん こちらこそ、どうもありがとうございました。


 


インタビュー後談


 子どもたちひとりひとりの個性が尊重される共生社会を目指し、実践されている方のおひとりとして、今回は酒井先生のお話をとても興味深くお伺いしました。私たち教員は、日本の学校でもここシンガポール日本人学校でも、インクルーシブ教育を目指して日々実践をしている毎日ですが、学校を離れた地域の中でも、酒井先生のような方がいらっしゃることに大きな力をいただいた気がします。どんなお子さんでも、少なからずいろいろな悩みや困り感を抱えているものです。そんなお子さんや保護者の方々が、互いに話し合ったり活動したり相談したりできる場所が、学校だけでなくシンガポール内にたくさん増えていくといいなと心から感じました。(ルイーズ)


文責・写真:ルイーズきよ子、田原口和華子、堀内成美(シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校教諭)

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