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ハロー日本人学校 シンガポール日本人学校 小学部クレメンティ校 子ども主催のコンサート "Does music have any power?"(5月号 2023年)

28 Apr 2023

 


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シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校子ども主催のコンサート"Does music have any power?"


 


 観客としてコンサートを聴かれたことはありますか?では、主催者としてコンサートを開催したことは?クレメンティ校では、4年1組の子どもたちが主催者となってプロのミュージシャンのコンサートを企画し、運営・開催するという世界的にも珍しい取り組みに挑戦しましたので、ご紹介します。


 


 


シンガポールで活躍しているミュージシャンとの出会い


 今回、ご協力いただくことになったミュージシャンに出会ったのは、2021年12月31日、中学部の先生から誘われた「What The Bach!?」というタイトルのコンサートでした。何も知らずに行ったコンサートでしたが、その内容に驚きました。観客を巻き込み、舞台と客席が一体となったコンサートだったのです。バッハ作曲の「ゴルトベルク変奏曲」に合わせて、客席にいる子どもたちが笑顔で体を動かしている姿が忘れられません。クレメンティ校の子どもたちにもこんなふうに音楽を楽しませてあげたい…心からそう思いました。何より感動したのは、チェリストの演奏と表情でした。他のミュージシャンや観客に合わせ、高い演奏技術でチェロを奏でている彼の表情は、終始遊び心が溢れているように感じました。私は前職であるアートマネージャー時代から、多くのミュージシャンに出会ってきました。世界で活躍するミュージシャンの演奏を間近で聴く機会も何度もありました。そんな私から見て、彼の演奏と舞台から感じた彼の人柄は、私にとってナンバーワンのミュージシャンと言って過言ではありません。彼の名はLeslie Tan。シンガポールで人気の高い合奏団であるRed Dot Baroqueの首席チェリストです。


 


探究科基礎の取り組み〜バリのフェスティバルをきっかけに〜


 Leslieさんと繋がることができ、『南十字星』の取材にもご協力いただきました(※1)。Leslieさんと話すうちに、彼が取り組んでいるバリのフェスティバルに興味をもちました。コロナ禍の影響で開催が延期になっているイベントなのですが、このフェスティバルをサポートする方法を学級の子どもたちと考えることはできないか、そのことにより、子どもたちがマネジメント能力(※2)を身につけることができれば…と思ったのです。そこで、2022年度の探究科基礎の授業の導入を、この話題で始めてみることにしました。子どもたちは、目を輝かせて話に聞き入っていました。そして、自分たちができることを考えたい、このフェスティバルに関わることによって、担任である筆者が常日頃言っている「音楽に力がある。」ということを確かめたいという想いが子どもたちの中に高まっていったのです。探究のテーマも子どもたちの発案で、“Does music have any power?”に決まりました。クラス会議(※3)で話し合いを進めていったのですが、まずは、自分たちの想いをLeslieさんに伝えたいということになり、その想いをビデオレターにして、彼に送りました。彼はそれを受け止めてくれたのですが、バリでのフェスティバルの話は進みませんでした。


「学校でコンサートをしてほしい!」


 そこで、次に子どもたちが考えたことは、「Red Dot BaroqueRDB)に学校に来てもらい、コンサートをしてほしい。」ということでした。芸術鑑賞会としての開催は学校としてはできないので、探究科基礎の授業の一環としてコンサートを開催できないか、検討を始めました。そのことをLeslieさんに相談したところ、「僕一人だったら、学校に行ってコンサートをすることはできる。」との有り難い返事をいただきました。ここから、子どもたちによるアートマネジメントの取り組みが始まったのです。


 


RDBのコンサートへ


 ランチタイムや休み時間等にRDBの動画を見て、子どもたちは彼らの音楽にどんどん魅了されていきました。「パッヘルベルのカノンがいいよね。」「ヴィヴァルディが好き。」という会話もするようになってきたのです。ある男の子は、「元気がなくて、サッカーの練習に行くのがいやなときに、RDBの曲を聴くと元気が出て、サッカーの練習も頑張れた。」と話していました。子どもたちは、音楽の力を感じ始めていました。


 RDBのコンサートに家族で行く子どもも多くいました。私は在星中に開催されたRDBのすべてのコンサートに行ったのですが、そこで多くの子どもたちと一緒にコンサートを楽しむことができました。終演後には、RDBのメンバーと子どもたちが一緒に写真を撮るなどして、子どもたちはRDBを、そして、音楽を身近に感じることができるようになってきました。また、「親子で素敵な時間を過ごせたことを、先生に感謝している。」というようなことを、多くの保護者から言っていただきました。


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日本のアート関係者から学ぶ


 いよいよ、子どもたちが主催者となってコンサートを企画することがスタートしました。まずは、コンサートをするにあたり、何が必要なのかを、子どもたちが知る必要があると考え、現役のアート関係者から直接話を聞くことを思いつき、古くからの友人である劇場プロデューサーの稲井美佐さんと、企画営業会社の高橋正浩さんにゲストティーチャーの依頼をしました。お二人は快諾してくださり、オンラインでお話を伺うことができたのです。どうせだったら、そのオンラインも子どもたちだけで進めた方がいいと考え、事前に役割分担をして、どのように進めていくかを全員で考え、当日は私の介入はほぼありませんでした。


 「一つの舞台(アート)には多くの人が携わっている。それぞれの得意を出し合って、一つのアートが生まれ、観る人々に感動を与えることができる。」「好きなこと、得意なことを究めていって、それを仕事にすることができる。」


 お二人の話を聴いている子どもたちのキラキラとした目が印象的でした。振り返りや、お二人に送ったお礼の手紙を読むと、「こんなお仕事があるなんて知らなかった。私も将来、そんな仕事がしたい。」と書いている子どもも多く、キャリア教育としても有意義な授業であったようでした。


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わたしたちは主催者


 コンサートは3月6日に決まりました。Leslieさんだけでなく、RDBのヴァイオリニストであるPlacida Hoさんもお越しいただくことになりました。


 子どもたちは、オンラインで伺ったお話を参考にして、自分たちの「好き」や「得意」を生かして、コンサートの準備をするプロジェクトチームを結成しました。そして、コンサート数日前に、コンサート会場となるAVルームに4年生全員を集め、ミュージシャンの素晴らしさなどを伝えるプレゼンテーションをしました。


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 子どもたちは、探究の授業時間以外にも、休み時間等を使って、準備を進めていきました。手が足りないチームには、他のチームが応援するなど、協力し合っている姿があちこちで見られました。コンサート当日に、一つの花束が用意できていないというハプニングが起きたのですが、知恵を合わせ、素晴らしい花束が完成したことに感動しました。


 コンサート当日は、司会も、はじめの言葉・おわりの言葉もすべて子どもたちで担い、それぞれすべて、英語担当と日本語担当がいました。通訳も二人の子どもがしました。


 


 このコンサートには、子どもたちからミュージシャンのお二人に向けて「サプライズ」が用意されていました。11月に開催された校内音楽会において、4年生全員で歌った『あの空』です。


https://youtu.be/WaMWiaA59nU


 子どもたちは、この歌が大好きです。校内音楽会では、この歌を聴いて感動して泣いておられた方もたくさんいました。この歌をお二人に聴いてもらおうという案が出たのです。でも、歌詞は日本語。そこで、英語が得意な子(当日、通訳も担当しました)が英訳したのですが、他の子どもたちが全部を覚えるのは難しかったので、サビの部分だけを英訳して、『あの空』を4年生全員で歌うことになったのです。


 実は、もう一つサプライズがありました。私はLeslieさんに出会ってから、チェロの魅力に惹かれ、彼の生徒さんからチェロを習うようになったのです。そんな私に、Leslieさんは「あなたもコンサートで何か演奏するといいよ。」と、共演を薦めてくださいました。コンサートの日が、私がチェロを習い始めてちょうど5カ月になるときだったので、無謀とも言える試みでしたが、私が演奏することにより、子どもたちに何か伝えることができるのではないかと思い、挑戦することにしました。サプライズにして、子どもたちを驚かせ、喜ばせたい気持ちも大きかったのです。


 


コンサート当日


 当日の朝、「緊張する。」と言っていた子が何人もいました。もちろん、当日の役割として、司会や挨拶の言葉、そして、通訳という大役を担っている子どもたちは緊張していたでしょう。でも、その子たちだけでなく、恐らく全員がドキドキしていたと思います。「主催者」として自分たちが心をこめて準備してきたコンサート。観客となる他のクラスの人たちは楽しんでくれるだろうか。LeslieさんとPlacidaさんは喜んでくれるだろうか。主催者としての「責任」と「誇り」が、子どもたちに「いい緊張感」を与えたのではないでしょうか。


 お二人が来校され、控室では通訳の子ども2人と打ち合わせをしていただきました。時間になり、コンサート会場となるAVルームに入ると、約150名の子どもたちから割れんばかりの拍手が起こりました。1組以外の子どもたちも、この日を楽しみに待っていたのです。チラシやポスター、そして、スライドによるプレゼンテーションが功を奏したのです。


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 コンサートが始まりました。子どもたちは、それぞれの役割を精一杯遂行しました。役割のない子どもたちは、客席最後方に座り、観客としてコンサートを盛り上げました。


 お二人はずっと笑顔でした。通訳を担った子どもたちは、お二人の言葉を、必死に通訳しました。一人が言葉につまったときは、もう一人がサポートしていました。子どもたちが事前にリクエストしていたヴィヴァルディの「四季」を演奏してくださったときには、それぞれの楽章の前に、Placidaさんが聴きどころの解説をしてくださいました。その通訳が見事だったのです。あの通訳があったからこそ、英語が苦手な子どもたち(私も)も、素晴らしい演奏をさらに楽しめたのだと思います。


 私の演奏は、お二人の全面的なサポートで、無事披露することができました。Leslieさんに「サプライズゲスト」として私を紹介していただき、登場したときには、客席からどよめきが起こりました。まさか私が演奏するとは思わなかったのでしょう。「何歳になっても、何に対しても、人は挑戦することができる。」ということを、子どもたちに伝えられていたら嬉しいです。


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 コンサートが終わり、お二人が4年1組の教室に来てくださいました。まずは子どもたちから今日の感想を話しました。動画では味わうことができない、生の音がもつ迫力、ミュージシャンを身近に感じながら音楽を味わう楽しさ…子どもたちは目を輝かせながら、感想を言いました。英語で話せる子もいれば、通訳を必要とする子もいましたが、どの子が話すときも、お二人は満面の笑みを浮かべて子どもたちを見て、丁寧に答えてくださいました。


 ある子が質問しました。「音楽に力があると思われますか。」Leslieさんの答えは、こうでした。「音楽に力はあります。私とあなたたちは、今、友達でしょ。昨日まではお互い知らなかったのに。これも音楽に力があるからです。」そう、私たちはもう「友達」なのです。


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音楽に力はあるのか?


 お二人が帰られてから、ワークシートを使って、活動を振り返りました。どの子も、ワークシートの裏面まで使って、自分の想いを書きました。「音楽に力はあるのか?」という問いに対して、全員が自分の考えをしっかりと書いていました。


 また、感想とお礼の手紙を日本語と英語で、すべての学級の子どもたちがフォームに入力し、お二人に送ったところ、喜んでいただけました。英語が苦手な子どもは翻訳ソフトを使ったのですが、それでも、「英語で自分の気持ちを伝えることができた。」という想いは、自信につながることでしょう。


 今回の取り組みをとおして、「自分たちの力だけで、コンサートを成功させた。」という自信と、「好きなこと・得意なことを生かす。」「仲間と力を合わせて挑戦する。」という経験が、子どもたちの「生きる力」に結びついていくことを願ってやみません。


 コンサート2日後に、保護者からこんなお手紙をいただきましたので、許可を得てご紹介します。


 


『先日は、コンサート、おつかれ様でした。息子の話を聞き、いてもたってもいられなくなり、お手紙を書きました。


 この度は、息子に貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。最初にRDBのコンサートを開くと聞いたときは、先生が先導して普段やらないことをやるんだなという程度の認識でした。しかし、息子にどのように取り組んだか聞いてみると、チラシやポスター作りはもちろん、折り紙の入場者プレゼントや通訳、RDBの紹介イベント等、子ども主体で取り組み、作り上げたと聞き、とても感動しました。大人でも一所懸命になり真剣に作るようなものを、子どもたちで作り上げることができたんですね!


 学校に行き渋っていた息子も、ここ最近はコンサートに向けて積極的で、生き生きとした顔で話してくれました。やる気と自信に満ちた表情を見ることができて、私も泣きそうなぐらい嬉しく感じました。素敵な機会を与えてくださって、本当にありがとうございました。』


 


おわりに


 12年間のアートマネージャー経験と、16年間の教員経験を生かした私の集大成とも言える実践となりました。シンガポールに来なかったら、こんな経験はできなかったでしょう。シンガポールの芸術環境のおかげであることは間違いないのですが、何より、LeslieさんとPlacidaさんのご協力と素晴らしいお人柄のおかげで、大成功となったことに心から感謝しています。


 音楽には力がある。その力をどのように引き出し、生かしていくのか…。私自身の探究はこれからも続きます。


 


文責・写真:永地志乃


 


※1…『南十字星』2022年8月号「喰いだおれ in Singapore


https://www.jas.org.sg/magazine/detail/kuidaore-in-singapore-10th


※2…「目標を立て、計画的に、他者と良好な関係を結びながら、ときには軌道修正して、自己と他者の幸せな未来を築いていこうとする力」と筆者は考える。


※3…アドラー心理学を基盤に考えられた学級での話し合いの方法。


 


***Red Dot Baroque情報***


https://www.reddotbaroque.com/


プロフィール 


永地志乃(えいぢ しの)


大阪教育大学卒業後、株式会社リクルート等で働きながら劇団で役者を続ける。奈良の文化会館でアートマネージャーとして、多くのコンサートや演劇公演を企画・運営する。その後、教職の道を歩み、約10冊の雑誌や本(共著)を執筆。天職と感じていた教員を卒業し、これからは大好きなシンガポールでワクワクすることに挑戦していきます!


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