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新ミュージアム散歩 プラナカン博物館『ノニャのビューティフルライフ』(8月号2023)

25 Jul 2023

 プラナカン博物館が4年ぶりに再開されました。館内には約800点もの豪華絢爛な家具や装飾品、陶磁器などが展示され、当時の華やかな暮らしぶりに触れることができます。


 今回は特に、「ノニャ」と呼ばれたプラナカンの女性たちが愛した、華麗でフェミニンな展示品を取り上げてご紹介します。


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Peranakan Museum


 


プラナカンとは、マレー語で「その土地で生まれた子」という意味です。


東南アジアは古くから世界の交差点であり、貿易によって文化交流が盛んに行われてきました。中国やインド、中東、ヨーロッパからやってきた貿易商人たちは、15世紀後半からマレー半島やインドネシア諸島に移り住み、現地の女性と婚姻し家庭を持つようになりました。その子孫たちが「プラナカン」と呼ばれ、貿易やプランテーションのビジネスなどで成功を収め莫大な富を築くと、各々の祖先文化に土着文化・宗主国文化を融合させた華麗な文化を作り上げました。


ノニャウェア


 プラナカン磁器は主に中国の景徳鎮で作られ、ノニャ達に大変好まれたことから後に「ノニャウェア」と呼ばれるようになりました。旧正月や結婚式あるいは誕生日のような慶事向けのノニャウエアは、エナメル釉薬で重ね塗りされた鮮やかな色彩と、中国の伝統的な吉祥文様が特徴です。 


 写真①は、カムチェン(中国南部の方言で「蓋つきの壺」という意味)です。左右に金属製の持ち手と、蓋には獅子が付いていて、平和・繁栄を表す鳳凰と、富貴の象徴である牡丹の図柄が描かれています。こちらは他では見られない大型のカムチェンです。食物や水などの保存容器として、また料理を入れてそのまま食器としても使用されました。


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写真①『ピンク色のカムチェン』
中国 19世紀末または20世紀初頭
Collection of Peranakan Museum. Gift of Professor Cheah Jin Seng


プラナカン刺繍


 19世紀末から20世紀初頭までシンガポール、マラッカ、ペナンの結婚様式は、中国の伝統的慣習が根強く残っていました。結婚式は12日間にわたり続けられ、豪奢に飾り立てられた家の中では様々な儀式が執り行われました。


 錫産業で繁栄したマレー半島の貿易港ペナンでは、宝石のような色合いと豪華なデザインのビーズ刺繍が有名です。写真②は100万個以上のヨーロッパ産のガラスビーズで出来たテーブルカバーで、現存するプラナカンビーズ刺繍の中で最も大きなものです。美しい水色を基に、ピンクと黄色を組み合わせたデザインはペナンビーズ刺繍の特徴でもあり、ヨーロッパや南アメリカの花鳥や、ハイビスカス、パイナップルなどが描かれています。新郎新婦が初めて一緒に食事をする「マカンチューントックの儀式」の際に使用されました。


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写真②『テーブルカバー』
ペナン 1920年前後
Collection of Asian Civilisations Museum. Restoration sponsored by BNP Paribas Foundation and BNP Paribas Singapore Branch


 写真③はクア・ホン・チアム夫人(1890〜1975)の婚礼ベッドです。精巧な彫刻に漆塗り、金箔を施した木製ベッドが、ビーズ細工や刺繍で豪華に装飾されています。華やかな吊るし飾りには、邪気を払う魔よけと幸せを祈る意味があり、特に子孫繁栄と豊かさへの願いが込められています。婚礼の儀式の6日前に、健康な男児がベッドの上で3回転がる「アンチュンの儀式」が行われました。これもまた新婚夫婦に早く男の子が生まれ、家系が続くようにと祈願するものでした。 
 1920年代、クア夫妻はこのベッドをペナンに残してシンガポールへ引っ越しました。しかし彼女はこのベッドの上で出産しなくてはならないと頑なに信じていた為、出産日が近づくと夫婦揃ってペナンに戻りました。12人の子供のうち7人は、このベッドの上で産んだそうです。


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写真③『婚礼ベッド』
ペナン 19世紀末または20世紀初頭


プラナカン・ジュエリー


 プラナカン・ジュエリーは、さまざまな民族の職人や顧客によって生み出され、あらゆるコミュニティや社会階層の人々が財産として収集しました。 
 19世紀後半、富裕層の増加に伴い、より高価なジュエリーが求められるようになると、ゴールドの中にダイヤモンドを嵌め込んだジュエリーはステータスの象徴となり、ノニャ達は互いに大きな宝石を所有することを競い合いました。
 写真④は南インド系の熟練した職人の手による、金とダイヤモンドからできたベルトです。バックルの中央には5カラットのダイヤモンドが嵌め込まれた孔雀のモチーフがあり、総計75カラットのダイヤモンドがちりばめられています。
 大変豪華なベルトですが、着用すると上着の下に隠れてしまいました。しかし、こうしたベルトは容易に持ち運べる財産でもあり、第二次世界大戦中は衣服の下に身につけて避難していたそうです。


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写真④『バックルつきベルト (プンディン) 』
シンガポールまたは海峡植民地 20世紀初頭
Collection of Peranakan Museum. Gift of Edmond Chin


ノニャのファッション


 ノニャ達の初期のスタイルは、草木染の地味な色合いのバジュパンジャン(膝下まである長い上着)と、カインパンジャン(腰布)の組み合わせでした。20世紀に入ると、インドネシアで暮らすヨーロッパ人の女性を真似て、レースをあしらった白いゆったりとしたクバヤ(ブラウス)に、花柄バティックのサロン(筒状のスカート)を身につけることもありました。バティックとは、ろうけつ染めのことです。
 写真⑤は当時のモダンなサロン・クバヤです。体にフィットしたクバヤは、透け感のあるヨーロッパ産の生地に、複雑なミシン刺繍が施されています。ブルーのサロンは、オランダ人の父とインド系の母を持つエリザ・ファン・ツァイレン(1863〜1947)のバティックから仕立てられています。デザインはエリザの代表作「ブケタン」文様です。このデザインは女性たちの間で大人気になり、周囲の工房でも模倣されるようになりました。
 
バジュパンジャンやクバヤにはボタンが付いていないため、クロサン(3つセットのブローチ)で前合わせを留めました。


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写真⑤中央
『クバヤ』 インドネシア 1930年代
『サロン』 ジャワ島(プカロンガン) 1930年代


 写真⑥は花嫁のブーツです。金属糸を使った立体的な刺繍や大胆な色使いなど、とても洗練されたデザインです。オランダ領のインドネシアでは、ヨーロッパ系住民とそれ以外の住民との間に法律上大きな格差がありました。経済的影響力を持つプラナカン・チャイニーズは、特権を与えられてはいましたが、西洋風ファッションを身にまとうことは禁じられていました。当時の服装はヒエラルキーを示す手段のひとつでもあったのです。こちらの豪華なブーツは、花嫁が裕福な上流階級の一員であったことを物語っています。


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写真⑥『ブーツ』
ジャワ島 19世紀末
Collection of Peranakan Museum. Gift of Mr. and Mrs. Lee Kip Lee


 1900年の前後20〜30年間に栄耀栄華を極めたプラナカンでしたが、財産の浪費に加え、新移民ら新興勢力の台頭、1930年代の世界大恐慌、太平洋戦争時の日本軍による占領などで衰退していきました。
 シンガポールでは、近年再びこの素晴らしいプラナカン文化に焦点を当て、次世代に伝えようとする動きが活発化しています。


<ミュージアム日本語ガイドグループ 勝野ひかり>
画像提供:プラナカン博物館
Image courtesy of Peranakan Museum, National Heritage Board


 


無料日本語ガイドツアー◆(予約不要。各回定員15名)
下記の博物館で、ボランティアによる日本語ガイドを実施中(祝日・博物館の開放日を除く)


プラナカン博物館 The Peranakan Museum
◎常設展ハイライトツアー(火・水・金10:30〜)


シンガポール国立博物館 National Museum of Singapore
◎常設展ヒストリーギャラリーツアー (月〜金10:30〜、第1土10:30〜) 
◎シンガポール国立博物館アートツアー (火・木13:00〜)


アジア文明博物館 Asian Civilisations Museum
◎常設展ハイライトツアー (火〜金10:30〜、第2土13:30〜)


シンガポール美術館タンジョンパガー・ディストリパーク別館(SAM AT TPD)
◎特別展ガイドツアー(金・土10:30〜)9月24日まで
※本館はリニューアルのため休館中


ミュージアム日本語ガイドグループ 10月期入会説明会
日時 : 9月12日(火)10:15〜 1時間半程度
場所 : シンガポール国立博物館 Seminar Room(2F)
お気軽にご参加ください(予約不要)。
入会に関するお問合せ:jdtrainingcontact@yahoo.co.jp
※お子さま連れでのご参加はご遠慮ください。



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