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新ミュージアム散歩 アジア文明博物館 『煌めきの中に見るアジアの文化』 (8月号2022)

28 Jul 2022

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Image courtesy of the Asian Civilisations Museum 


アジア文明博物館


Asian Civilisations Museum


『煌めきの中に見るアジアの文化』 


(3階常設展示 ジュエリー・ギャラリー)


 アジア文明博物館の3階には、「素材とデザイン」というテーマのもとに、ファッション、ジュエリー、陶磁器の3つのギャラリーがあります。その一つジュエリー・ギャラリーの扉を開けると、眩いばかりの装身具が目に飛び込んできます。約260点に及ぶ展示品の中心となるのは、18世紀末から20世紀初頭にかけて作られた東南アジアの島々の伝統的な装身具です。


 大昔から人々は自らの身体を飾ってきました。植物、貝、珊瑚、鼈甲、動物の牙など自然物を使った装身具は、何万年も前から道具や言語と共に豊かな文化を形作る大切な要素となってきました。こちら(写真①)は、フィリピン、ルソン島北部に住むイスネグ族の胸飾りです。美しい光沢を持つ真珠母貝を、円を二つ並べたような平たい左右対称の形に切り、パイナップルの繊維で作った紐で繋ぎ、上下には家の屋根のような三角形、一番下にはフリンジのような小片を付けてあります。動く度に音がして光を反射しながらキラキラと輝くこれらの飾りを、胸の前面に来るようにビーズの帯で首に着けます。山岳地帯で焼畑農業を営んで暮らすイスネグ族にとって、海岸部に住む他の部族との交易により入手する真珠母貝やビーズは、日常から離れた不思議な美しさを持つ貴重なものだったのでしょう。男女共に村祭りなど特別な行事で身に着け、着ける人の社会的な地位を表しました。


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写真① Chest Ornament (detail)
Collection of the Asian Civilisations Museum


 時代が下るにつれて装身具の多くは、より耐久性のある素材で作られるようになります。特に金は、その光沢が太陽の光にたとえられ、酸化して錆びてしまうことがないために、いつまでも美しい輝きを保ち、あらゆる文化で最も価値のある金属となりました。また、加工がしやすいことから、技術の発達と共に様々なデザインが可能になりました。紀元前4世紀頃からインドでは、金が豊富に採れる東南アジアの島や半島を「スヴァルナドヴィパ(黄金の島/半島)」と呼んでいたと言われます。こちら(写真②)は、インドネシア、カリマンタン島東部で、かつて王国として栄えたクタイの、おそらく高貴な女性の婚礼用の装身具と考えられています。冠になっている部分は、インドの神話に登場する神鳥ガルーダです。中央にガルーダの頭と首が立体的に作られ、羽は裏から細かく質感を打ち出して表現しています。両脇と後ろに吊り下がる飾りが、更に優雅な印象を与えています。東南アジアにはインドの文化や宗教の影響が早くから見られ、後にイスラームの信仰が優勢になった国においても、その伝統が文化の中に息づいています。


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写真② Kutai Bridal Crown
Collection of the Asian Civilisations Museum


 金の装身具は、多くの人々を惹きつける魅力を持っていますが、敢えて身に着けないことを美徳とすることもあります。時代や地域、社会階級や特定の行事における例外は見られますが、一般的にイスラーム社会では、男性が金の装身具で身を飾ることを控えるそうです。こちら(写真③)は、インドネシア、スマトラ島西部のベルトのバックルです。華やかさには欠けますが、その代わりにとても大きく、横幅が37センチあります。銀の地に文様を彫り、そこに黒い合金を象嵌する技法を使って、イスラーム美術に典型的な細かい唐草と幾何学文様を施してあります。紀元前に古代エジプトやギリシャで始まった技法と言われ、ペルシャかトルコを通じて東南アジアへ伝わったと考えられています。伝統的な腰布(サロン)をウエストで固定するために、飾るだけではなく実用性を伴ったものとして、男女共こうしたバックルを着けましたが、このように大きく銀や真鍮で作られたものは男性用でした。女性は小ぶりで華やかさのあるデザインを好んだようです。木の葉あるいは目をかたどったような外形は、マレー半島からスマトラ島にかけての地域によく見られる独特の形です。


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写真③ Buckle 
Collection of the Asian Civilisations Museum


 それとは対照的に、富と美、そして社会的地位を公然と表現しているのが、こちら(写真④)の付け爪です。清朝中国の宮廷の貴婦人の習慣を取り入れてインドネシアのジャワ島で作られました。外国の宮廷文化に対する憧れが表れています。中国の付け爪には、指の動きを妨げないよう金銀を細く線状に延ばして文様を形作る繊細なデザインが多いのに対し、こちらは金を鋳造して作ってあるため重く、そこにダイヤモンドをふんだんにあしらってあります。長い爪を保護すると共に、日常の雑事に携わる必要のない高貴な身分を示しています。東南アジアではダイヤモンドも採れ、インドネシアのカリマンタン島南部では、現在でも採掘が続いています。


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写真④ Fingernail Guard
Collection of the Asian Civilisations Museum Gift of Dr. Roger and Mrs. Betty Mariette


 天然資源が豊かで古くから貿易の中継地であった東南アジアには、様々な国の貿易商人が訪れ、15世紀頃からは地元の女性と結婚した人々が定住して、次第に独自のコミュニティーが作られてゆきました。父方、母方、そして後には植民地の宗主国の文化が融合した独特の文化を誇るコミュニティーです。19世紀以降の新たな移民とは異なる「その土地生まれの子」という意味で「プラナカン」と呼ばれます。シンガポールでよく見られるのは、父方に中国出身の祖先を持つプラナカン・チャイニーズの文化です。特色ある華やかな装身具も素敵ですが、ちょっと珍しいものをご紹介しましょう。こちら(写真⑤)は、シンガポールでお守りとして作られた装身具です。虎の牙に、銀で作ったインドの神話に登場する神獣マカラの頭が付いています。こうしたお守りは、邪悪な力、悪霊や病気から守る力を持つと信じられており、プラナカン・チャイニーズの家庭では、生後1ヶ月を迎えた子供に与えられました。家の外では守護神の加護が及ばなくなるという考えから、外出の際には必ず身に着けたそうです。


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写真⑤ Amulet


Collection of Dr. Roger and Mrs. Betty Mariette


 東南アジアの島々の歴史を遡ると、何千年も前に中国の揚子江流域から台湾に移り、そこから海を渡って広大な地域へと広がって行ったオーストロネシア語族にたどり着きます。インドネシアのバリ島から東に連なる小スンダ列島の中程に位置するスンバ島には、古くから引き継がれた文化が色濃く残っています。こちら(写真⑥)は、収穫を感謝し豊作を祈願する儀式の際に、特定の男性が額に着ける飾りです。三日月にも似た外形は、祖先が乗って来た船や、農耕や儀式など生活に欠かせない動物である水牛の角を表していると言われ、表面には線状の文様と共に、人々が住む世界が表現されています。中央には太陽や月を表す円、その両脇には馬に乗った人、そしてワニのような動物もいます。このような金の装身具は、それ自体が強力な力を持ち、扱いを間違うと災いをもたらすと恐れられてもいますが、人々と祖先の霊を仲介する家宝として、儀式の時以外は神聖な場所である屋根裏に大切に保管されています。


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写真⑥ Crescent-shaped Frontal 


Collection of the Asian Civilisations Museum Gift of Mr. Edmond Chin


 様々な伝統を背景に持つ装身具をご紹介しましたが、ギャラリーでは、実際に身に着けた人々の姿も含め、更に多くの興味深い展示があります。是非ご覧になってみてください。


<ミュージアム日本語ガイドグループ 飯野高子>


 


 私達ミュージアム日本語ガイドグループは、Friends of the Museumsに所属し、シンガポール国立博物館(NMS)、アジア文明博物館(ACM)、シンガポール美術館(SAM)、プラナカン博物館(TPM)にて、日本語によるボランティアガイドを行っております。


*プラナカン博物館(TPM)は現在リニューアルの為休館中


*シンガポール美術館(SAM)は現在リニューアルの為、仮施設 


  (タンジョンパガー・ディストリパーク)にて開館中


 


アジア文明博物館Asian Civilisations Museum


所在地:1 Empress Place 


開館時間:10:00〜19:00、金曜のみ10:00〜21:00


●常設展ハイライトツアー


 


■シンガポール国立博物館■ National Museum of Singapore


所在地:93 Stamford Road


開館時間:10:00〜19:00


●常設展ヒストリーギャラリーツアー 


●シンガポール国立博物館アートツアー


 


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※9月に新規ガイド募集入会説明会を予定。詳細は下記ブログ  で告知します


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