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輝くミモザ 第7回 常に自分を磨き続ける音楽家でありたい 佐々木智佳子さん(8月号 2021年)

31 Jul 2021

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第7回の今回は、シンガポールシンフォニーオーケストラ(SSO)でヴァイオリニストとしてご活躍中の佐々木智佳子さんに、お話を伺いました。


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佐々木智佳子さん


 


✿佐々木智佳子さん  プロフィール✿


 福島県郡山市出身。3歳よりヴァイオリンを田中洋子氏に師事。2007年にニュージーランドへ留学、ニュージーランド交響楽団ヴァイオリニストEmma BarronとコンサートマスターのVesa Matti Leppanenに師事。


 全額奨学金を得てシンガポール国立大学音楽学部にてZuo Jun氏に師事し卒業。在学中、同学校のConcerto Competitionヴァイオリン部門で2位を受賞し、2013年には米国のハイフェッツ国際音楽院にてエルマー・オリヴェイラ、バーバラ・ウェストファル、エマニュエル・フェルドマンら著名な音楽家と室内楽で共演。


 他、ヨーロッパ、アジア、南米などで開催の音楽祭やコンサート等に参加。現在シンガポール交響楽団のヴァイオリン奏者。1914年製Annibale FagnolaをThe Rin Collectionより貸与されている。


聞き手 


シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校 


永地志乃教諭・山根香奈子教諭・遠藤つぶら教諭


3歳からヴァイオリンを始められたそうですが、きっかけは何でしょうか?


佐々木さん(以下、敬称略) 母が大学時代にスズキメソッドの創始者である鈴木慎一先生の講演会で、教育方針に感銘を受けて自分の子どもにはスズキメソッドで習わせたいと考えたそうです。覚えてないんですけど、3歳の時にヴァイオリン教室の見学に行き、「やりたい」と言ったみたいです。記憶力養成の教材として小林一茶の俳句カルタがあるのですが、たくさん覚えさせられた記憶があります。寝る時はいつも母が教本についてあるCDを繰り返し聴かせてくれてたのも覚えています。


ヴァイオリンを小さい頃からされていると、楽器の大きさを変えていかないといけないと聞いたことがありますが…。


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子ども時代に弾いたヴァイオリン


 


佐々木 はい、実家に今まで使ってきた小さいヴァイオリンが7本ぐらいあります。母がとても厳しく、泣きながら練習していた時もあり、涙の跡が残っているものもあります。卓球の愛ちゃんみたいですね。


辞めたいと思われたことはありますか。


佐々木 数えきれないほどあるんですが、3回ははっきり記憶にあります。8歳ぐらいの時は反抗期で、とにかく母に言われることはしたくなかったんです。とくに「練習しなさい。」は、一番嫌いな言葉でした。我慢できなくなって、「もう辞める!」と泣きながら言い合いになった時に、見兼ねた父が私のヴァイオリンを取り「もう壊そう、こんなの。」と叩き割ろうとしたんです。その時思わず「やめて!」と言ったのを覚えています。まだ自分がヴァイオリンをやりたいことに気づいたのか、両親と話し合いヴァイオリンを続けさせてもらうことにしました。


2回目は14歳で中3の時です。私は5歳からテニスが本命でしたが、怪我で辞めざるを得なくなりました。中学校は、毎年コンクールで全国大会に行くオーケストラ部の強豪校で、私はそこでヴァイオリンを弾いていました。テニスが駄目になってから、音高(音楽専門の勉強ができる高校)に行けるかと考えました。そして東京のヴァイオリンの先生を紹介して頂き、東京音楽大学の附属高校に入るための夏期講習に参加したんです。それまで音高に行くために何が必要とかもわからずだったので、弾く以外のことは無知でした。夏期講習のテストで楽典がC判定で、今から音高受験のために楽典やソルフェージュをやっても、これまでずっとやってきた人には勝てないと思い、普通の高校に入ることにしました。受験勉強もあり、しばらくヴァイオリンを辞め、入学後も遠のいていたんですけど、私の知り合いが介護施設のボランティアをやっていて、「弾いてみない?」と言われ、少し弾く機会はありました。


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子どもの時の練習風景


 


また始めようと思われたのはいつですか?


佐々木 高1で日本の高校を辞め、語学正規留学でニュージーランドに留学しました。当時は英語が全く話せず、コミュニケーションもできなかったので、友達ができませんでした。行った場所も首都ウェリントンから電車で1時間ぐらいのかなりの田舎ですることもなく、ヴァイオリンを持って行っていたので、暇で弾いていました。たまたまそれを聴いた高校の音楽の先生が、ニュージーランド交響楽団のコンサートマスターの方とその奥さんのヴァイオリニストを紹介してくださり、レッスンを受けることになりました。


3回目は、高3の時にイギリスの音大に受かった時でした。音大に行っても、プロの音楽家になることは、狭き門、夢のまた夢。さらに、自分でも音楽が本当にやりたいことか、まだ分かっていなかったと思います。その頃の生活が楽しかったので、今の生活を捨てるぐらいなら、ヴァイオリンをやらなくてもいいかなと思い、イギリスのビザもおりなかったので、再申請はせず、その音大を諦めました。その後しばらくは、ワーキングホリデービザでオペラシアターのバーテンや日本食のレストランなどで働いていました。ある日、「大学は行っておいた方がいい。音大に行きなよ、上手なんだから。」と親しい友人に言われ、音大再受験を考え始めました。ニュージーランドでそれまでの先生に習うことも考えたのですが、その大学では外国人に奨学金制度がなく、ちょうどその頃、シンガポール国立大学の音楽部で教鞭をとっているQin Li-Weiという有名なチェリストが、ニュージーランド交響楽団のコンサートで弾いたのを聴いて、本当に素晴らしかったんです。そのことを私の先生に伝えたところ、「彼はシンガポール大学で教えていて、すごくいい学校みたいだからオーディションを受けてみたら?」と言われ、丁度募集があったので、受験しました。合格したので、楽しかった生活から離れることを決めました。


ヴァイオリニストでやっていこうと思われたのは、その時ですか?


佐々木 はい。それまでは楽しく弾いていただけでしたが、音大へ行くということは、音楽家になるしか道はないと思ったので、覚悟を決めました。大学4年間、楽しかったですけど、大変でした。ヴァイオリンと向き合うのに必死でした。


何が一番大変でしたか?


佐々木 入学して自分のレベルの低さにびっくりしました。当時はいろんな国からプロになりたい演奏家が集まっている感じでレベルが高くてびっくりしました。特に中国から来てた同級生は小さい頃から音楽家になるように育てられたエリートが集まっていて、その中で弾くのは初めての経験で、驚きました。もう競争の世界で、追いつくのに必死でした。


その中で、ずっと続けておられるのが素晴らしいですね。


佐々木 何で続けているのでしょうかね…。辞めたかったら辞められたと思うし、でもそれでも辞めてないっていうのは、何かの縁ですかね。


交響楽団に入られたのは卒業されてからですか?


佐々木 両親もいるし、祖父母も生きていたので、すぐ会えるアジア圏内で仕事を探していたところ、香港シンフォニエッタに空きがあり、在学中にオーディションを受け、2015年4月のリサイタル終了後(大学卒業後)、5月に入団しました。しかし、就職するということは、そこで生活するということで、密集して騒音がある香港で、長期間住むというイメージがわきませんでした。中国語で香港小交響楽団と書くんですが、小さい編成のオーケストラなので、夢であった大編成のオーケストラで大好きなマーラーの交響曲や、ブルックナーの曲など弾くことがないので、就職して数ヶ月して、フルサイズのオーケストラの空きを探し始めました。その頃にSSOに空きがでて、オーディションを受け合格しました。笑


気に入っているヴァイオリンの曲は何でしょうか?


佐々木 いろいろありますが、特にショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲1番は、大好きで、思い出深い曲です。最初に聴いたのは、ニュージーランドで行われたコンクールで、誰かが弾いているのを聴いて、「この曲すごい!好き!」と、ビビビときました。そういう感覚は今までになかったです。コンクールからウェリントンに戻り、図書館でCDを借りました。


 David OistrakhとVadim Repinという2人のヴァイオリニストのCDを借りました。David Oistrakhは私の大好きなヴァイオリニストの一人で、この曲はその人に捧げられた曲なので、素晴らしいとは思ったけど、Vadim RepinのCD(Kent Nagano指揮)を聴いた時、「これだ!」と、何回も聴きました。


大学1年ではこの曲を弾けるようになろうとゴールを定め、練習しました。今でもこの曲が大好き。聴くのも好きだし、弾くのも好きです。ただこの曲、40分もあるんですよ。普通のヴァイオリン協奏曲はだいたい長さが25〜35分でオーケストラだけが弾いている部分が長かったりとかでソリストが弾く部分というのは全体の曲の中の70%だったりするんです。しかしこの曲は大体ソリストが弾いていて、しかも途中、作曲者が書いた長いカデンツァが曲の中にあって、かなりの体力を使います。今は弾けるだろうか?と思います。この曲はVadim Repinの演奏を是非聴いて欲しいです。


その曲を弾きたいというのが、モチベーションになったんですね。


佐々木 そうですね。大学1年生の時はそれがゴールだったので、すごく頑張りました。ゴールがあるとモチベーションが上がるタイプで、成果がでて嬉しかったです。3年生になっていろいろ模索していた時期はありますが、自分の夢はオーケストラ奏者になること。一生懸命練習して、たくさんオーケストラの曲を聴くようにもなりました。


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日本シンガポール国交55周年記念コンサート(左から二人目が佐々木さん)
23 April 2021 © Singapore Symphony Orchestra


 


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エスプラネードコンサートホール
1 May 2020 © Singapore Symphony Orchestra


 


あこがれのヴァイオリニストはいらっしゃいますか?


佐々木 曲によって好きな演奏家は違うんですが、例えばVadim Repinさんの弾くショスタコーヴィチとプロコフィエフは大好きで、ドイツの作曲家の曲を聴く時はJulia Fischerさんの録音を探したり、David OistrakhさんやJasha Heifetzさんはヴァイオリンの巨匠で小さい頃から聴いていて大好きです。


日本のヴァイオリニストでお好きな方はおられますか?


佐々木 Bruch作曲のスコットランド幻想曲を弾く諏訪内晶子さん。他にサンサーンスのヴァイオリンソナタを弾いている五嶋みどりさんも大好きです。


クラシック以外で音楽は何を聴かれますか?


佐々木 ラテン系の音楽が好きでレゲトンとか聴きます。J•Balvin やSebastian Yatraを最近聴いています。日本では、RADWINPSで特に最初の4つのアルバムの曲が大好きです。その中で一番好きな曲は「トレモロ」です。


ヴァイオリニストとして一番幸せを感じる時はどんな時ですか?


佐々木 好きな曲で、努力が実り、その時にできる自分のベストだと思えるパフォーマンスができて、かつ、お客さんから拍手をもらえることが最高のコンビネーションだと感じます。やはり精神的なものや技術的なことで全てのコンサートで自分のベストが出せるわけではないので、それができた時に拍手を頂けると、最高に幸せに感じます。


コンサートができない状況が辛いですよね。今はどんなことをして過ごされていますか?


佐々木 今は、練習して、寝て、食べて、ちょっとエクササイズをして、だいたい家で過ごしています。最近また感染者が増えてきて、外に出るのが怖いです。7月からまたコンサートが始まるのですが、コロナになってしまったら、自分のせいでコンサートができなくなってしまうので、責任感をもって過ごしています。これが今はストレスです。


コロナ前の余暇はどう過ごされていましたか?


佐々木 ゴルフを始めました。打ちっぱなしですけど。あとは健康のためにハイキングもします。最近はブキティマヒルに行きました。階段をのぼるのがお好きでしたらおすすめです。長期間の休みの時は、旅が趣味なので今まで30カ国旅してきました。


コロナ禍が落ち着いたら、演奏以外で一番したいことは何ですか?


佐々木 もちろん趣味の旅行です。でも今行きたいのは日本かな。両親や祖母に会いたいです。高校の時からずっと思っていたのですが、1年に1回会えるとして、両親は60歳過ぎなので、あと20〜30回しか会えないと思ったら、もっと親孝行しないといけないかなと思います。


シンガポールの一番お気に入りの場所、ホッとする場所はどこですか?


佐々木 家ですね。私は内向的(introvert)なんですね。みんなからはそう見られないんですが…。だから家が好きです。家でゴロゴロするのが一番幸せです。今の家は木のフロアで、すごく好きなんです。外だとやはりマリーナベイサンズ周辺は好きですね。歩行者用に整備もされていて、景色も綺麗ですし、歩いた後にマリーンバラージの上の芝生で寝っ転がるのもいいです。


日本語よりも英語が先に出ておられますね。普段は英語で生活をしていらっしゃるのですか?


佐々木 シンガポールでは日本語を喋る機会はあまりないです。高1まで日本にいたので私の日本語は中学生レベルです。英語も留学1年目は全く喋れなかったので、海外で住む中で初めて知った言葉は日本語よりも英語の方が先に出てきます。だけど、もちろん逆もあります。笑


アートは心の栄養だと私は考えているので、こんな時期だからこそアートの力が必要だと思っています。アートと子どもについて、どのようにお考えですか?


佐々木 私は小さい頃、クラシック音楽も、アートも、興味がありませんでした。母がコンサートや美術館によく連れて行ってくれていたのですが、例えばピアニストのユンディ・リさんがショパンコンクールで1位を取った後に日本でツアーがあり連れて行ってもらったのに全部寝てしまいましたし、美術館で静かに絵を見ることも苦手で「何これ?」と感じて、外で駆け回っていた記憶もあります。だけど、小さい頃、「何これ?」と思うことも、聴き流していた音楽も、大人になってから、その経験があって、今こういう風に見ることができるというのもあります。子どもたちって、絵を見ても、音楽を聴いても「ふーん」という感じだと思うのですが、根気強く触れさせることによって、後で知識や感覚として残り、良さがわかってくるのかなと思います。今の時代興味がなくても楽しめるツールがたくさんあり、小さい子たちがアートに触れる機会も少ないように感じますが、生で聴いて、観て、どう感じるのかということを小さい頃から体験してほしいですね。SSOでは、小さい子たちにも親しめるような、Kids’ concertやBaby’s promなどのコンサートシリーズがありクラシック音楽を楽しく聴こうという演出なども色々あるので、また違う楽しみがあります。今はそういう取り組みができないのですが、コロナが終息したら是非足を運んで欲しいです


シンガポールはアートに触れる場所はありますか?


佐々木 ありますね。いろいろなジャンルの音楽をEsplanadeでやっているので、EsplanadeのウェブサイトでSSOのクラシック音楽のコンサートはもちろん、他のジャンルのコンサートや、シンガポールのバレエ団、Singapore Dance Theatreのパフォーマンスなど、是非チェックしてみてください。他には、National Art Gallery, National Museum of Singapore、Asian Civilisation Museumなど、散歩がてらに行けるような場所があり、休日に行ったりします。最近はArtScience Museumに行きました。


YouTube (※) のお話もよかったです。


佐々木 ありがとうございます。あの時は、すごく緊張して自分じゃない感じでした。文法的にあっているか気にして、止まっちゃうんですよ。友達はみんな「超緊張しているね。」と言っていました。


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インタビューの様子


 


どのような音楽家を目指されていますか?


佐々木 父にいつも言われている言葉は、「心に響く音楽を追求しなさい」ということです。父は音楽家ではないんですけど、音色とかをずっと追求しなさいと言われていました。ですので常に自分を磨き続ける音楽家であり続けたいです。オーケストラ奏者になるのがゴールで、一生懸命やってきたのですが、そこで終わりじゃない、と言い聞かせてます。


最後に、日本人会の会員の皆さんにメッセージを一言お願いします。


佐々木 コロナ禍で今はすごく大変ですし、コンサートもできないですが、収まったら、シンガポール在住日本人の方にも、SSOの演奏会に是非来ていただけたら嬉しいです。


その時を楽しみにしています。ありがとうございました。


文責:シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校 永地志乃教諭


写真:永地志乃教諭、佐々木様よりご提供


 


※シンガポール政府観光局制作


 Visit Singapore「もっと夢中に出会う場所」


https://www.youtube.com/watch?v=1eFVMmXeWXI


 


SIFA(Singapore International Festival of Arts)


音楽、舞踊、映像など最新のアートを楽しむ国際芸術祭で、SSOは8月7日、8日にバレエとのコラボ作品The Rhythm of Usに参加予定。
観覧にはワクチン接種証明(または事前のPET検査)が必要。詳細はSIFAのウェブサイトでご確認ください。


https://www.sifa.sg


 


インタビュー後談


 4月23日にヴィクトリアコンサートホールで開催されたコンサートで佐々木智佳子さんの演奏を聴かせていただきました。ライブの演奏は迫力が違いました。ダイナミックで、でも繊細で、全身から音楽が溢れ出ているように感じました。こんな素晴らしい音楽家に直接お話を伺うことができる…期待と緊張で胸が高鳴りました。


 お話を伺うと、音楽家になられるまでは、音楽に対する気負いを感じず、偶然が重なって、今ここにおられるように思いました。でも、それは佐々木さんが引き寄せておられる偶然で、やはり音楽家になるべくしてなられたのではないかと感じました。


 目を輝かせながら教えてくださったショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番。佐々木さんの演奏でこの曲を聴きたいと思ったのは、私だけではないと思います。この記事を読んでくださっている皆様もそうではないでしょうか。世界が落ち着き、そんな日が一日も早く訪れますように。お会いできた幸せを噛みしめながら、次に演奏を聴かせていただける日を楽しみにお待ちしております。この度は、このような素晴らしい機会を与えてくださったヤング靖子様に心から感謝いたします。ありがとうございました。


 


 

輝くミモザ 第7回 常に自分を磨き続ける音楽家でありたい 佐々木智佳子さん(8月号 2021年)