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マタニティーブルーズと産後うつ病(10月号 2022年)

01 Oct 2022

 


臨床心理士・公認心理師 坂牧円春


 


 妊娠や出産というと、周囲の人たちに祝福され、幸せムードでいっぱいになり、笑顔の赤ちゃんを抱っこする優しいお母さんというイメージが思い浮かぶと思います。


 ところが、実際に出産を終え、赤ちゃんと自宅で過ごし始めると、自分が想像していたよりも、大変さを感じることが多いでしょう。その大変さの中には、十分な睡眠時間が取れない、身体の痛みがある、頻回に授乳をしなくてはならない、落ち着いて食事がとれない、ずっと赤ちゃんを抱っこしていないといけない、なぜ赤ちゃんが泣き止まないのか分からず当惑してしまうなど、様々なことがあります。
 そして、気分の変化も起こることがあります。夫の何気ない言葉に傷ついてしまったり、赤ちゃんがうまく母乳を飲んでくれないことに悲しくなったり、些細なことで涙が出てしまったりするなど、情緒が不安定になることがあります。これは一般的によくあることで、マタニティーブルーズと言われます。


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■マタニティーブルーズ


時期:出産直後〜2週間程度で出現


症状:落ち込み、不安、涙が止まらない、焦り、集中力低下、緊張、疲労、不眠など


 マタニティーブルーズの症状は持続が短く、自然に軽快すると言われています。妊娠中からマタニティーブルーズの知識をお母さん自身も家族も持ち、出産後は傷つきやすく、気分の変化が起こったり、情緒の不安定さが出てきたりすることにあわてず、家族が穏やかにお母さんと赤ちゃんを支えてあげることが何より大切です。
 また、最近の研究では、出産後早期の母親は自分の赤ちゃんの写真を見た時に、脅威の探知に関する脳部位が活性化するということがわかりました。つまり、出産直後は赤ちゃんを守るために、お母さんの神経はとても敏感になっていて、些細なことでも危険信号として探知しやすく恐怖や警戒などの情動が強く起こりやすい状態になっているということが考えられます。
 そして、出産後3〜4ヶ月を経過した母親は自分の赤ちゃんの写真を見た時に、意欲を活性化して疲労感を回復する脳部位が活性化するということがわかりました。この時期になると、お母さんは赤ちゃんに対して肯定的な感情をもつようになり、子育てへの動機づけもより高くなるということが考えられます。
 ところが、出産後数ヶ月たっても、落ち込みや不安、焦りなどが続いていたり、赤ちゃんの健康状態に対して過剰に心配をしたり、子育てに自信が持てなかったり、赤ちゃんのお世話を十分にできていないと自責感が強い状態が続くこともあります。これは産後うつ病と考えられます。


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■産後うつ病


時期:出産後数週間から数ヶ月後に出現。数ヶ月にわたって徐々に 現れたり、突如現れたりすることもある。


症状:悲しみ、気分の浮き沈み、イライラ、感情のコントロールが困難、頻繁に涙が出る、疲労感、不眠、食欲低下または過食、子どもの世話ができないという感覚やこのような感情を持っているこ  とへの罪悪感、子どもを傷つけることへの恐れ、子どもがかわいいと思えない、など


 産後うつ病は早期発見、早期介入が必要だと考えられています。気づかれないままに症状が長引き、適切な育児が困難になってしまうこともあります。夫やその他の家族が家事や赤ちゃんのお世話を担ったり、医療機関を受診したり、様々なサポートを利用して、お母さんと赤ちゃんを支え続けることが大切です。


 シンガポールには、産褥ヘルパー(Confinement Nanny)、産褥ご飯(Confinement Food)、産褥マッサージ(Postnatal Massage)など出産後のお母さんサポートが多くあります。それほど、産後はお母さんを第一にケアしなければならないということなのでしょう。費用はかかりますが、お母さんと赤ちゃんにとって重要な時期に、このようなサポートを利用する価値はあると思います。


 お母さん自身が、周囲に支えられ安心感を感じることが出来れば、赤ちゃんが成長して笑うようになり、赤ちゃんの応答が増すにつれて、赤ちゃんへ関わることにも肯定的な感情を持つことができるようになり、気分が良くなり、落ち込みが軽減されていくこともあります。


 こころの状態は、他の人と比較することができません。産後に気持ちが辛くなったり、しんどさを感じたりしたら、インターネットやSNSの情報をもとに自分で判断するのではなく、医療機関を受診して専門家に相談してみましょう。


文責・画像:坂牧円春


 


【参考文献】


・乳幼児精神保健の新しい風—子どもと親の心を支える臨床の最前線 (別冊発達) 単行本 渡辺久子 (編集), 橋本洋子 (編集)


・アタッチメントの精神医学 愛着障害と母子臨床2019 山下洋(著) 港北出版


 


プロフィール:坂牧円春(さかまき まどか)


臨床心理士・公認心理師


日本女子大学人間社会学部心理学科卒業、日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程前期修了。


非常勤講師として専門学校や大学に勤務し、臨床心理士として精神科クリニック、幼児相談室、大学の学生相談室、保健センターでの乳幼児健診、心の健康電話相談などでの臨床経験を経て、2017年2月より日本人会クリニックに勤める。


好きなこと:料理、読書、旅行、シュノーケリング

マタニティーブルーズと産後うつ病(10月号 2022年)