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当たり前について(8月号 2022年)

28 Jul 2022

 


臨床心理士・公認心理師 松永法子


 


 2022年の4月下旬より、新型コロナウイルス(COVID-19)の警戒レベルを示す「DORSCON」がORANGEからYELLOWに引き下げられ、長かった規制のある生活も緩和されることになりました。この2年間、皆さんにとっていかがでしたでしょうか?以前の生活に少しずつ戻っていくかと思いますが、環境の変化に慣れていくことに時間がかかってしまうこともあります。


 


 当地では、仕事、趣味、子どもの繋がりなどで自然と日本人のコミュニティがうまれています。同じ国同士ということでの親近感や連帯感が生まれ、多くの場面で心強く感じていることでしょう。ですが、このコロナ禍で物理的にも精神的にも人と人との距離ができてしまい、オンラインやSNSでのつながりでコミュニケーションをとり、大人も子どもも対面で気軽に話をしたり、相談したりすることが難しいこともありました。


 また、私たち大人が子どもだった頃と比べると、子ども達同士のコミュニケーションの取り方も変化してきているように感じます。当たり前のことが当たり前でなくなった時、改めて気づくことがあるのではないでしょうか。今回は、私たちの周りにある「当たり前」について目を向けてみたいと思います。


 


大人について


 海外赴任で当地に来られている方も多いかと思います。数年おきの異動があり、それぞれ違った立場や環境の中で勤務された方と出会うこともあるでしょう。例えば、「これまでの働き方では、こうだった」、「結果を出して当たり前」、「こういう時には〜すべき」といったそれぞれの考えや思いが強くなりすぎるとイライラしたり、もどかしい思いをしたりすることもあるかと思います。仕事においては、特に文化の違いやこれまで働いてきた環境が異なると「当たり前」の基準が大きく異なってきます。そういった場面では、自分の当たり前と相手の当たり前が違うかもしれないといった認識を持ち、相手とコミュニケーションをとることが大切です。「お疲れ様です」、「お陰様で〜」「大丈夫ですか?」といった声かけをきっかけにして変化することもあります。


 また、夫婦間では、何気ない日常を一緒に過ごすことが当たり前になってきているかと思います。長く過ごす中で、夫婦間での「当たり前」が存在しているかもしれません。例えば、「夫は、仕事をして当たり前」、「専業主婦(夫)は家事をするのは当たり前」と思うなど…。お互いの「当たり前」が増えれば増えるほど、ぶつかってしまうこともあります。そんな時、相手を思いやる行動をとることや、感謝の気持ちを言葉で伝えてみることは、何気ない日常の中でほっこりした気持ちになるでしょう。


 


子どもについて


 当地の子ども達は新型コロナウイルスの規制の中では、在宅学習が始まり、大人数で友達と遊べない、幼稚園や学校が始まってもマスク必須…といった環境の中で、新型コロナウイルス感染拡大前とは違ってストレスのかかる状況にあり、我慢も増えましたが、幼稚園や学校、家庭でも様々な工夫がなされ、乗り越えてきました。少しずつ以前の生活に戻り、子ども達は、幼稚園や学校に行って勉強や運動をして、友達と遊んで…といった変化に追いつこうとしています。周囲の大人もこれまでできなかったことを取り戻したいという思いもありますし、子ども達は、これまで溜めていたエネルギーがたくさんあるので、いろんな場面で頑張りたいと思う気持ちが強くなることもあるかと思います。子ども自身は、一日一日を精一杯過ごしているので当たり前のことに気づきにくいことも多いかもしれません。そういった子ども達の頑張る気持ちをサポートとするとともに、今できていることを認め、当たり前の日常に気づいていけるような関わりができると良いでしょう。例えば、「お皿を運んでくれてありがとう」、「洗濯物を畳んでくれて助かったよ」など、感謝の気持ちを言葉にして伝えていくことは大切です。


 また、子ども自身が「ありがとう」と言ってくれた時には、嬉しい気持ち


を言葉にしたり、笑顔を返したりすることによって、「また頑張ってみよう」という意欲が向上し、さらなる自信に繋がっていきます。


 


 少し見方を変えることで、自分にとっての「当たり前」が変化することがあります。皆さんは、精神科、心療内科やカウンセラーには、どのようなイメージを持たれていますか?日本では、保健センターやこども家庭センターなどの行政機関がそれぞれの地域ごとに無料で相談を担っていることが多いので、気軽に相談しやすいかと思います。一方で、精神科や心療内科は、敷居が高いと思っていらっしゃる方も多いのではないのでしょうか。一昔前に比べると、そういった考えは少なくなっているかと思いますが、無意識のうちに、「自分では〜が難しい人」「周りの人から〜に思われたらどうしよう」といったイメージをもたれることもあるかもしれません。


 また、「身体」と「こころ」は密接に関係していることも多く、一見、こころの病にみえてもそうではなく、別の病気の症状であったりすることもあります。いつもと違う心身の不調を感じた場合は、クリニックの受診をお勧めいたします。


 


 日々の生活の中にある自分の見方の特徴について知ることは大切です。また、豊かさが日常に溢れていると今の有難さに気づきにくいことがあります。私自身も「当たり前」の日常に感謝することを忘れずに過ごしていきたいと思います。


 


プロフィール:松永 法子(まつなが のりこ)


資格:公認心理師・臨床心理士・保育士


所属:シンガポール日本人会クリニック


通信制高校・中学校・教育支援センターで児童・生徒の支援、子育て支援センターで乳幼児健診後のフォローアップや子どもやその保護者を対象にした相談、大学の非常勤講師、医療機関勤務(精神科)を経て、2018年12月より現職。

当たり前について(8月号 2022年)