クリニックからの手紙 「感情は何のためにあるの?」(4月号 2024年)
01 Apr 2024
感情は何のためにあるの?
臨床心理士・公認心理師 坂牧 円春
「怒っちゃいけないとわかっているけれど、つい怒ってしまうんです」「怒りのコントロールがうまくできないんです」という悩みを持たれている方も少なくはありません。
怒りを抑えられないという人がいる一方で、主張をしてもいい場面でも自分を抑え込んで、怒りだけでなく、その他の感情もあまり感じなくなり、抑うつ状態になるという人もいます。
おそらく、両方とも、自分自身の感情をうまく扱えなくなっているということだと思います。
実はネガティブな感情でもポジティブな感情でも、感情自体には良いも悪いもないのです。人間が生きてきた中で、感情は自分を生かすために必要なものとして発達してきています。それぞれの感情には大切な役割があり、感じてはいけないものではないのです。
たとえば、それぞれの感情には以下のような役割があると考えることができます。
・恐怖は何のため?
自分自身を守り、危険に対する防衛反応を起こす
・怒りは何のため?
自分に対する脅威と戦うことを表明する
・愛情は何のため?
他者との情緒的な関係をつくっていこうとする
・悲しみは何のため?
大切なものを失った時に、人や物に愛着を求めようとする
・喜びは何のため?
心の栄養のようなもので、希望や意欲を起こす
・罪悪感は何のため?
失敗から学んで修正していこうとする
・恥ずかしさは何のため?
自分がいる集団に適応しようと促す
・心配は何のため?
これから起こる問題を予測して、問題を防ごうとする
どの感情も生きていく上で、大切な役割がありますが、人によって捉え方や感じやすさ、感じにくさが全く異なります。またどのような対人関係の中でどのような感情体験をして育ってきたかによっても、感情の感じ方が異なります。
些細なことでも、自分に対する脅威だと捉えてしまうと、怒りが起こりやすくなりますし、些細なことでも自分にとっての問題だと捉えてしまうと、心配が起こりやすくなるでしょう。幼い頃に、親と一緒に笑ったり遊んだりして愛情に慣れ親しんでいれば、成長する中で、親以外にもそのような相手を求めて、他者に愛情を抱くようになりますが、愛情に慣れ親しんでいないと、そのような感情を未知な不快なものとして感じたり、あるいは過剰に求めすぎることもあるかもしれません。
感情をコントロールできるようになるためには、まず自分がどのような感情を感じているのかを認識していくことが大切です。なぜなら、人によっては心では悲しみを感じているのに、表面的には“怒鳴る”という行動をしていたり、心では怒りを感じているのに、表面的には“泣く”という行動をしていたり、心では心配を感じているのに、表面的には“注意する”という行動をしていたり、心の中で感じていることと表に見える行動が違う場合もあるからです。
自分自身でも、自分がどのような感情を感じているのかわからず、習慣化した行動をしてしまう場合もあります。「つい怒鳴ってしまったけれど、自分はどのような感情を感じていたんだろう?」と振り返ってみるといいかもしれません。自分の感情を認識すると、どんな行動を取るといいのかということに気づきやすくなります。例えば、「あぁ自分の大切に思っている友達のことを批判するようなことを言われて、悲しかったんだ、傷ついていたんだ」と気づくことができると、怒鳴るのではなく、悲しい表情をして「私の友達のことを、そんな風に言われるとちょっと傷ついたなぁ」と伝えたらよかったなと気づけると思います。そうすると、相手とも率直なコミュニケーションがとりやすくなります。
また、自分の感情を認識しやすくなると、自分の子どもの状態や状況、細かな感情にも気づきやすくなります。大人が“怒ってはいけない”“怒りなんて悪い感情を持ってはいけない”と思っていると、自分の子どもが何かに対して怒って、大声で不満を言っている様子を許せず、頭ごなしに、子どもの行動を否定してしまう場合があります。でも、“怒りは起こりうるもの”“怒りは脅威と戦おうというしるしなんだ”と思っていると、子どもが大声で不満を言っている様子を見て、“何と戦おうとしているんだろう?何が脅威なんだろう?”と子どもの状態を知ろうとすることができ、そこでコミュニケーションがとれると子どもに対する理解が深まります。子どもの側からしても、頭ごなしに否定されるのではなく、自分のことを理解してくれた親に対してより信頼できるでしょう。
カウンセリングでは、自分の感情へ気づいて整理していくお手伝いもできます。自分自身の感情のコントロールに困っている場合や、親子間で感情のコントロールに困っている場合でもお気軽にご相談ください。
文責:坂牧円春
画像:いらすとや
プロフィール:坂牧円春(さかまき まどか)
臨床心理士・公認心理師
日本女子大学人間社会学部心理学科卒業、日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程前期修了。
非常勤講師として専門学校や大学に勤務し、臨床心理士として精神科クリニック、幼児相談室、大学の学生相談室、保健センターでの乳幼児健診、心の健康電話相談などでの臨床経験を経て、2017年2月より日本人会クリニックに勤める。
好きなこと:料理、読書、旅行、シュノーケリング
