言語発達とバイリンガル(6月号 2025年)
01 Jun 2025
言語聴覚士・公認心理師 鈴木利佳子
バイリンガルの言語発達(=二つの言語を同時または順に習得する過程)は非常に興味深く、個人差が大きい分野です。
シンガポールで生活されている方々の中には、日本語と英語や中国語など、家庭や学習環境の違いによって、バイリンガルまたはマルチリンガルとして育っているお子さんも多いと思います。
今回は、そんな「言語発達とバイリンガル」についてお話しします。
■ バイリンガルの言語発達とは?
バイリンガルの言語発達とは、二つの言語を同時、または異なる時期に習得することによって進んでいく発達過程を指します。
これは、単一言語を話すモノリンガルの言語発達とは異なる特徴や進み方を見せることがあり、教育や研究の現場でも関心が高まっています。
■ バイリンガルの種類
バイリンガルには、主に以下の2つのタイプがあります。
1. 同時バイリンガル(Simultaneous Bilingual)
・ 生後すぐ〜3歳ごろまでの幼児期から、二つの言語を同時に習得するタイプ。
・ 例:家庭内で日本語と英語が日常的に使われている環境。
2. 継次バイリンガル(Sequential Bilingual)
・ 一つの言語をある程度習得したあとに、別の言語を学び始めるタイプ。
・ 例:幼少期に日本語で育ち、小学校入学時に英語圏に移住し、英語を習得し始めるケース。
■ 言語発達の特徴
・ バイリンガルの子どもは、初期の段階で二つの言語を混ぜて話す「コード・ミキシング(code mixing)」が見られることがあります。これは混乱のサインではなく、自然な言語 発達の一部と考えられています。
・ 二つの言語が同じ速度で発達しないこともありますが、これは使用頻度や社会的背景などの環境要因によるもので、言語能力そのものの問題ではありません。
・ 語彙や文法の発達も、言語の使用環境によって異なります。
例えば、家庭では日本語、学校では英語を使う子どもは、それぞれの言語で異なる発達の特徴を示すことがあります。
覚えておきたいポイント
・ 単語の数(語彙)は、二言語を合わせて評価することが大切です。
・ 文法の習得は、それぞれの言語ごとに進みます。
・ コードミキシングやコードスイッチングは、一時的で自然な過程です。
■ モノリンガル(単一言語話者)との比較
・ 一言語ごとに見ると語彙が少なめに感じることがありますが、総合的な言語力としては、モノリンガルと同等またはそれ以上になる場合もあります。
■ 認知的・社会的な影響
バイリンガルの子どもには、以下のような認知的な利点があるとする研究があります
・ 注意の切り替え力(認知的柔軟性)
・ 多課題処理(マルチタスク)能力
・ 他者の視点を理解する力(メタ認知、メタ言語意識)
ただし、これらの利点はすべてのバイリンガルに当てはまるわけではなく、育った環境や教育の内容が大きく影響します。
■ バイリンガル発達に影響する要因
1. 言語のインプット量と質毎日どのくらい、どのように言語を使っているか。
2. 周囲の言語環境学校や地域で主に使用されている言語。
3. モチベーションとアイデンティティ
子ども自身が「この言語は自分にとって大事」と思えるかど うか。
4. 保護者や教育者のサポート
一貫した姿勢で、両方の言語の価値を認め、支援すること。→バイリンガル発達を支援するには、両言語への豊かな言語入力と、肯定的な言語環境がとても大切です。
■ よくある誤解
・ 「二つの言語を同時に学ぶと混乱する」 → ×間違いです。 子どもは自然に言語を区別できます。
・ 「発達が遅れているのでは?」 → ×一見ゆっくりに見えることもありますが、総合的に見れば正常な発達であることが多いです。
■ 学習言語が言語発達に与える影響
学習言語(Language of Instruction)とは、学校や保育園などで「学ぶために使用される言語」のことです。これは、子どもの言語バランスや習熟度に大きな影響を与えます。
たとえば…
家庭で日本語を話していても、学校では英語で授業を受ける場合、英語が学習言語となります。
■ 学習言語の影響
・ 学習言語は、説明や推論、比較など抽象的な表現 を多く含みます。これを「学術的言語能力(CALP:Cognitive Academic Language Proficiency)」と呼びます。
・ 学習言語が強くなると、読み書き・論理的思考・問題解決 能力などが育ちやすくなります。
・ 一方、家庭言語(例:日本語)が学習言語でない場合、話せても読み書きが苦手になることがあります。
■ 学習言語と家庭言語のバランス
・ 学習言語が優位になると、家庭言語を使う機会が減り、「片方の言語しか使えない」状態になるリスクがあります。
・ 特に思春期以降、家庭言語が「使わない言語」になりやすく、「言語喪失」が起こることも。
■ 学習言語が家庭言語に影響することも
たとえば、英語が学習言語、日本語が家庭言語の場合:
・ 英語の文法や語彙が日本語に混ざる(例:「明日 go する」など)。
・ 学習や思考が英語中心になると、日本語で複雑な話題を 表現しづらくなる。
■ 学習言語と家庭言語が一致していると…
・ 例:学校でも家庭でも日本語 → 言語発達がスムーズにな りやすいです。
■ 一致していない場合は…
・ 例:学校は英語、家庭は日本語 → 両言語の維持には意識的なサポートが必要です。
■ サポートのヒント
・ 家庭言語でも読書・会話・作文などを積極的に行いましょう。
・ 学習言語でも丁寧なサポートを(特に移行期=転校・移住 など)。
・ 両言語の価値を認めて、ポジティブな言語アイデンティティを育てることが大切です。
言葉の発達は、子どもの成長の土台です。
言葉は、他者との大切なコミュニケーションの手段であり、同時に思考を支える道具でもあります。
特に学童期には、言葉の発達が学力や学習意欲に大きく関わってきます。
継次バイリンガルの場合、母語の基盤がしっかりしていることが、第二言語の習得にも良い影響を与えるとされています。反対に、母語が十分に育っていないと、第二言語の習得にも悪影響を及ぼすことがあります。
◆ 補足・研究より
・ 早期の外国語教育が効果的とは限らず、まずは母語の発 達を優先することが大切です。
・ 家庭での言語環境や保護者の関わり方が、子どもの言語 発達に大きく影響します(参考文献1)。
・ 日常会話能力は比較的短期間で習得できますが、学術的 な言語能力は5〜7年かかることが多いです。
・ 第一言語(L1)の読み書き能力が高いと、第二言語(L2)の 習得も効果的に進むことが知られています。
・ 両言語で一定の能力を持つと認知的な利点が得られやす く、逆にどちらも中途半端な状態では、認知的な課題が生 じることもあります(参考文献2)。
参考文献
1.内田伸子(著)『バイリンガルの脳と言語教育』新曜社 (2007)
2.ジム・カミンズ(Jim Cummins)著 / 秋永雄一 監訳『バイリンガル教育と子どもの発達』明石書店(2001)
■ ご相談ください
日本人会クリニックには、言語発達に関するご相談で来院されるご家庭が多くいらっしゃいます。
子どもの発達は個人差が大きく、一人ひとりに合わせたサポートが必要です。
言葉の発達について不安なことがある場合は、どうぞお気軽に日本人会クリニックの言語聴覚士までご相談ください。
文責:鈴木利佳子
