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クリニックからの手紙 自分との付き合い方(5月号 2021年)

01 May 2021

臨床心理士・公認心理師 松永 法子


 


「夏も近づく八十八夜…」と歌われるように日本では新茶が出回る時期になりました。仕事や家事の合間に温かいお茶を淹れてひと息つくと、なんだかほっとしますね。


 新年度が始まって1カ月経ちましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。通年であれば、新しい環境にも慣れてきた頃かと思いますが、新型コロナウイルス(COVID-19)の対策の影響もあって、人との出会いや別れのタイミングがこれまでと少しずれているかもしれません。常夏のシンガポールですが、人との出会いや別れを通じて、季節の変わり目を感じてしまうことがあります。大人も子どもも、せっかく仲良くなれた人との別れは辛く、進級、担当部署の変更、引っ越しなど、環境が大きく変わる時期の後は、寂しさや不安を覚えてしまうことがあるかと思います。また、自分のこれまでの生活に変化が生じたり、新しい環境に身を置いたりした場合、気持ちの整理に時間がかかってしまうことがあります。


 皆さんは、自分とうまく付き合っていますか。


 自分が知っている自分には、ポジティブな面、ネガティブな面など様々な側面が含まれています。人は、自分の生まれ育った環境の影響を受けているため、ものの見方や感じ方など、人の数だけ見方があるといえます。


 新しい環境にうまく馴染めない時には、「前はこんなことなかったのにな」と思ったり、「自分だけ…」と感じて、辛い、悲しいといった感情に襲われてしまい、周囲が見えなくなったりしてしまうことがあるかもしれません。また、頑張っても良い結果が得られない時、相手に腹が立ってしまった時など、自分の思った通りにものごとが進まない場合、特にネガティブな感情を抱いてしまい、気持ちが沈んでしまうことがあります。時として、嫌な気持ちを閉じ込めてしまうこともありますが、そのようなネガティブな気持ちも私たちの大切な感情のひとつです。 


 自分とうまく付き合っていくためには、まず、自分を客観的に捉え、その時、その場で感じる気持ちや感情に気付くことが大切です。例えば、今、これを読んで下さっている方の中で、「自分のネガティブな気持ちは苦手…」と感じた方もいるかもしれませんし、反対に「もっと自分を知りたい」というように興味を持たれた方もいるかもしれません。また、心地の良い椅子に座って読まれている方は、リラックスした気分になっているかもしれませんし、忙しい中、合間を縫って読んで下さっている方は、「疲れたな」という気分になっているかもしれません。同じことに対してでも、人によっては感じ方が異なるので、こういった気持ちや感情の気付きは、その時の自分の状態や、その場のありのままの自分の特徴を知らせてくれるサインともいえます。こういった感じ方は、自分理解や自己表現について知る手がかりになります。


 十数年前、私は「日々是好日」という言葉に出会いました。色々な解釈があるようですが、当時、教わっていた先生から、晴れの日も雨の日も風の日もどんな一日もかけがえのないもの…といった話をしていただいたことを思い出しました。生きていく中で、良いことばかりではなく、大変なことや辛いこともあるかと思います。この一年は特に、新型コロナウイルスの対策の影響を受け、新しい生活様式に慣れてきたとはいえ、日々刻々と変わる状況に、自分や家族が戸惑ったり、落ち着かなかったりすることもあるでしょう。他者との関わりも、時には、他人のせいにしてしまったり、背伸びしていたり、立ち止まったりしてしまうこともあるかもしれません。しかし、どこにいても自分が自分らしくいられるように、慈しみ、大切にしてもらえたらと思います。もし、疲れたり、立ち止まったりした時には、1人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。


 


参考文献


平木典子(2000)「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」金子書房


 


プロフィール  松永法子(まつなが のりこ)


資格:臨床心理士・公認心理師・保育士


所属:シンガポール日本人会クリニック


通信制高校・中学校・教育支援センターで児童・生徒の支援、子育て支援センターで乳幼児健診後のフォローアップや子どもやその保護者を対象にした相談、大学の非常勤講師、医療機関勤務(精神科)を経て、2018年12月より現職。

クリニックからの手紙 自分との付き合い方(5月号 2021年)