aboutus-banner

クリニックからの手紙  「計画された偶発性理論」・・・偶然の出来事が幸運を呼ぶ(2月号 2021年)

01 Feb 2021

臨床心理士・公認心理師 原田舞香


 


「新年快乐」(中国語で「明けまして、おめでとうございます」)


 今年のChinese New Year(旧正月・春節)元日は2月12日ですね。新型コロナウイルスの流行が続く中ではございますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 当地在住の日本人の皆様は、もちろん自ら志願して当地での生活を選択している方もおられるかと思いますが、今、当地で暮らしているのは決して自らの意思ではない、という方もおられるかと思います。


 私自身も、10年以上前に夫の駐在に帯同するため、日本での仕事を退職し、中国で生活を始めた時は、自分自身の希望とはかけ離れた人生を強いられたような思いに苦悩することもありました。しかし今やこのChinese New Yearの時期、スーパーで流れる“恭喜恭喜gongxi gongxi”を聞くと、中国での生活を懐かしく思い出しているとは、当時は思いも拠りませんでした。


 さて今回は、アメリカの心理学者クルンボルツ(J. D.Krumboltz)が提唱した「計画された偶発性理論(Planned happenstance theory)」をご紹介させて頂きます。これは「キャリアや人生を前に進めるような予想外の出来事が起きて、それが本物のチャンスに変わることがある」という考え方で、「それが本物のチャンスに変わる時には、その人自身が重要な役割を果たしている」と考えられています(J.D.Krumboltz,Al S.Levin著 花田・大木・宮地 訳)。


 この「計画された偶発性理論」、元はキャリアに関する理論として提唱されていますが、人生の他の場面にも応用することが出来ると考えられています。このことから私は、職業にまつわるキャリアの問題を含めた人生全般のあらゆる出来事、「ライフキャリア」という観点において「計画された偶発性」が存在すると考えられると捉え、カウンセリングの中でご紹介させて頂いています。


 私達は「偶然、友人の友人と知り合う機会があったところ、その方のご勤務先で求人が出ていると教えて頂いて…」など、「偶然…」と表現することがありますが、この理論では「予期せぬ出来事がキャリアや人生におけるあらゆることの機会に結び付く」と考えます。この「偶然の出来事」にはよいことも、悪いことも両方あり、なおかつそれが仮に悪いことであったとしても、それが巡り巡って幸運を呼ぶきっかけになる、と考えることも出来ると私は思っています。


 


 ここで架空の事例ですが、Aさん(30代女性、夫と小学生の息子の3人暮らし)の例を挙げましょう。Aさんは夫が「シンガポールで働きたい」という希望に従い、一昨年自らの仕事を退職し、当地に移住して来ました。夫は仕事が多忙なため、平日顔を合わせることはなく、息子はインターナショナルスクールになじもうと懸命に過ごしていましたが、Aさんは自分の居場所がなく、どこか空虚感を持って過ごしていました。


 しかしながら息子の学校生活が軌道に乗って来た矢先、コロナウイルスの流行による経済危機の影響で、夫が失業してしまいました。


 幸い知人の紹介で新しい就職先が見つかり、当地に残ることは出来ましたが、給与は減額になってしまいました。ところが幸いにも、今回の勤務先は在宅勤務や柔軟な働き方を推奨している企業でした。夫の在宅出来る時間が増え、家族で揃って食事をする時間や会話が増えたところ、家族の関係は以前より良好になったように感じました。


 そこでAさんは思い切って「以前から考えていたことだが、再就職したいと思っていた」と夫に打ち明け、パートタイムで仕事を始めました。一家の収入は以前より少ないものの、ライフスタイルを見直せば、生活に差し支えない状況となりました。週末家でゴロ寝していることが多かった夫は、最近息子の習い事の送迎をするようになり、息子も嬉しそうです。


 Aさんは今となっては「私は念願の再就職を果たせたし、家族の時間も持てるようになって本当によかった。でもそういえば今の生活になったのも、夫の失業がきっかけだったのかな?」と考えています。実はこの出来事は、Aさん自身も夫の失業からの転職を好機と捉え、自らの力で動き始めたことが、Aさんの幸運につながったと考えられます。


 


 私がこれまでにカウンセリングを通してお目に掛かって来た方々は、人生における様々な困難な局面を乗り越えようとされる中、この困難を自らの力で「計画された偶発性」に拠るものだと考え、自らの力で動き始めたその時、物事もまた良い方向に回り始めるのではないか、といつも感じております。


 しかしながら長い人生の半ばでは、先述のAさんの夫のように思いも拠らない社会情勢の変化で仕事を失い、自分自身やご家族の病気や事故、怪我、お子さんの不登校など、思いも拠らず堪えがたい苦悩の時に遭うこともあるかと思います。


 このような出来事はもしかすると、「計画された偶発性」に拠るもので、長い人生の中でご自分の糧となる経験を呼び覚ますきっかけになるかも知れません。しかしながらその渦中にいる時、お一人では決してこのように考えることが出来ないこともあるかと思います。


 このようなこころの悩みを抱えた時、母国語で相談出来るということが、ご自身の助けになる場合もあるかと思います。先の見えない今日この頃ですが、時代の変化に対応し、しなやかに生き抜いていくために、専門家の力を借りて一緒に出来ることを考えてみてはいかがでしょうか。微力ではございますが、当クリニックもその一助となればと思います。


Chinese_New_Year_HARADA.jpg (212 KB)


<引用・参考文献>


John D. Krumboltz,Ph.D.& Al S. Levin,Ed.D. 2004 Luck is No Accident:Making the Most of Happenstance in Your Life and Career.:Impact Publishers. (J.D.クランボルツ・A.S.レヴィン著 花田光世・大木紀子・宮地夕紀子訳 2005 


その幸運は偶然ではないんです! ダイヤモンド社)


渡辺三枝子(編著)岡田昌毅・大庭さよ他(著) 2007 新版 キャリアの心理学 キャリア支援への発達的アプローチ ナカニシヤ出版


 


プロフィール 原田舞香(はらだ まいか)


公認心理師・臨床心理士(日本臨床心理士資格認定協会)


大学心理学専攻卒業後、民間企業勤務を経て大学院修了。大学研究所、心療内科クリニック、リワーク支援機関、勤労者のメンタルへルス相談・研修講師を務める。2009年〜2015年中国在住。2018年〜シンガポール日本人会クリニックに勤務(非常勤)。


好きなこと:早朝のヨガ・ウォーキング、バス路線の新規開拓。漫画「鬼滅の刃」主人公のセリフに心打たれる今日この頃です。

クリニックからの手紙  「計画された偶発性理論」・・・偶然の出来事が幸運を呼ぶ(2月号 2021年)