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ハローインタビュー 福浦厚子先生 滋賀大学経済学部社会システム学科教授 (1月号2023年)

29 Dec 2022

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福浦厚子先生 滋賀大学経済学部 社会システム学科教授


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多くの華人系寺院がパブリックな場になるように変わってきていると思います。
シンガポールは、行列などをやりたい場合、政府関連部署に申請しないと難しい国だけれども、意外とお寺は自由に色々なことができるんです。


 『都市の寺廟 シンガポールの神聖空間』(以下、『都市の寺廟』)の著者福浦厚子先生にインタビューしました。福浦先生はシンガポールで長年華人系の宗教を調査しています。(取材日:2022年8月11日)


聞き手  日本人学校小学部チャンギ校教諭 小林智


 


福浦先生のご専門を教えていただけますか。


福浦先生 文化人類学です。文化人類学は異文化を研究する中で「人間とは何か」というような抽象的な問いに向かっていく学問です。


調査の地をシンガポールに選んだのはなぜですか。


福浦先生 今だったら、日本国内にも多様な文化がたくさん入ってきていて、日本国内で調査をすることも容易だと思うのですが、私が調査を始めた90年代は、どこか海外に調査に出かけるというのが普通でした。それで、歴史的に日本に関わりのある地域にしようと思ってアジアに的を絞りました。あちこち回ってみて、マレーシアやインドネシアが面白いと思ったのですが、イスラーム系の国は女性には入れるところと入れないところがあったりして、難しいと思いました。今思えば気にしなくても良かったかもしれません。
 シンガポールは大都市過ぎて、人々の生活は忙しいだろうし、調査をするのは難しいかなと初めは思ったのですが、先行研究がいくつかあったので、シンガポールにすることにしました。


外国に来て調査を始めるというのは大変だと思います。


福浦先生 先程も言ったとおりシンガポールの人たちは忙しそうで、シンガポール大学の先生には「郊外の方に行けば時間のある人達がいるんじゃないか」とアドバイスを貰いました。シンガポールにはリサーチビザ制度などがないので、ゲリラ的に調査を始めるしかありません。初めは、シンガポールの友人に紹介してもらった華人系のお寺に行ってみました。そこの方々は親切で、何を聞いても何でも答えてくれました。むしろ、向こうも珍しがって、たくさん喋ってくれましたね。


シンガポールの華人系の宗教はどのように始まったのでしょうか。


福浦先生 19世紀初頭くらいに、中国からシンガポールに渡ってくる移民たちの互助活動組織がありました。基本的には出身地が同じ者同士で組織を作りましたが、時には名字が同じという理由で助け合うグループもありました。シンガポールで仕事を斡旋したり、宿泊先を見つけてあげたり、ビザの発給を手助けしたり。商工会議所やクラブという形でも現在残っています。今はもう建物の前を通りかかっても、活動しているのかなぁという所も多いですけれど。お寺もそういう互助組織の一つとして機能していました。


同郷の相互扶助グループというと日本人会の存在と似ていますね。


福浦先生 そうですね。学校を作ったりもしています。19世紀初頭ですと、シンガポールで生まれた子どもを中国に帰して、良い教育を受けさせてあげるというのが普通でした。時代が下ると、子どもたちが中国に帰らなくてもいいように、シンガポールに学校を建て始めます。シンガポールに移り住んだ優秀なビジネスマンたちが、自分たちのニーズに合うレベルの高い教育を施すための学校を建てて、今も残っています。


その中で、華人系の宗教も一緒にシンガポールに入ってきたということですね。


福浦先生 そうですね。大抵のお寺は移民が中国を出発するときに携えてきた出身地の寺廟の神仏などを祀ることから始まっています。また、移民と宗教の関係で言えば、19世紀の初め頃には送棺制度というものが世界中にありました。亡くなったあと、出身地にお墓を作ってそこに棺を送る制度です。それが、成功したビジネスマンの願望でした。遺体が腐らないように防腐効果がある材質を選ぶとか、祖国に移送されるまでに破損しないような頑丈で立派な棺を生前から用意するというのは、成功した移民の一つのステータスになっていたんですね。


棺、キョンシー映画(香港のホラー映画。道教のお寺が舞台)でみたことがあります。立派で格好良くてよく覚えています。中国からシンガポールに伝えられた宗教というのはいわゆる道教系の民間信仰ですか。


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福浦先生 それ以外にもありますが、多くはそうです。


私がシンガポールに来たときに、道教について調べればシンガポールの華人系宗教について分かるのではないかと思ったのですが、あまり実態がつかめませんでした。色々混ざっているのかなという印象でした。


福浦先生 もともとの中国の道教自体も色々な文化や宗教が混ざり合っているんです。日本に仏教が伝来する以前はいろんな信仰が合体していたんです。でも、そうやって混ざっていることに違和感があるとすれば、私たちが明治以降の宗教の様子を見てきているからだと思います。明治期には、政府による神仏分離方針(神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること)というものがありました。


日本の神仏分離で見られるような、宗教を政治的に管理するという歴史は、シンガポールにもあるようですね。


福浦先生 シンガポールも、イギリスが植民地化した19世紀初頭、どのエスニックグループがどの地域に住むか区画割するんです。分割統治です。目的はそれぞれのグループの問題を共有しないようにすること。それが植民地統治する側からすればやりやすいのです。それはいろいろな形で今もあると思います。しかし一方で、それぞれのエスニックグループ間に交流はあるんだよ、という指摘が最近なされています。タイプーサムはご存知ですか。


はい。体中に針を指して行進するお祭りですね。すごく痛そうなやつです。


福浦先生 はい。タイプーサムはヒンズー教の行事です。そこに近年華人系の人たちが参加し始めているということを、シンガポール大学の先生が指摘しています。また、インド系の人たちが華人系のお寺をお参りに行く姿も見られます。


私もつい最近インド系の方が華人系のお寺に入っていくのを見かけました。意外な光景だったのでよく覚えています。ああいった人は華人系の宗教に改宗した人なのでしょうか。


福浦先生 いえ、多分そうではなくて、お互いが興味をもって、知識を交換しているんだと思います。こうしたらいいとか、ああしたらいいとかしょっちゅう交流しているみたいです。そういうほうがお互いにうまくいくのじゃないかと思います。


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『都市の寺廟』のあとがきには、お寺の公共の場としての役割について触れられていました。


福浦先生 多くの華人系寺院がパブリックな場になるように変わってきていると思います。シンガポールは、行列などをやりたい場合、政府関連部署に申請しないと難しい国だけれども、意外とお寺は自由に色々なことができるんです。


 今多くの人がやっているのがチャリティー活動です。お年寄りとか、体の不自由な人とか、そういう人たちに対してお寺は、じゃあ何かをやってみよう、と動きやすいのです。


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具体的にはどんな活動があるんでしょうか。


福浦先生 地域のお年寄りに食べ物を配る、というのがあります。私が知っているお寺の若い女の人で、近所の人にお弁当を配る、というのを始めた人がいます。近所の人が手伝ってくれたり、お金を持っている人が支援してくれたり、少しずつ大きくなっているんです。規模が大きくなってくると車がいる、それでちょっと声をかけると車を出してくれる人が出てくる。そういう活動が全然途切れないんです。みんな喜んでやっています。自分がやりたいことをやっている、という実感があるのではないでしょうか。


面白いですね。


福浦先生 そうなってくると宗教は関係ないですよ。お寺の人が発案しているんだけど、ヒンズーの人もイスラームの人も関係なく手伝ってくれるのです。お寺の機能としてはだいぶ変質してきていますけれども、実際の場所があって、そこを拠点に何かをやるというのは説得力があると思います。よく路上で募金活動とかを見かけますけど、その人達が本当は何者なのかってわからないじゃないですか。でも、お寺って具体的な場所だし、みんなから見られるものだし、怪しいものではないだろうという説得力はありますよね。


 日本だったら、そういうことを思いついてやる場合、シンガポールほど難しくないと思うんです。でも、シンガポールは小さいから個人の動きがすぐに追跡できてしまうので、思いついたことをすぐにやるというのは難しい。そういう意味ではお寺があってよかったと思いますね。


宗教が分断されているのではなくて、逆に交わりながら良い方向に進んでいる、という感じがします。


福浦先生 宗教を全面に出さなくても社会活動の方に貢献するという感じになっていくと誰でも受け入れられる様になりますよね。裏に偽りの心がないからいろんな人が集まってくるんだと思います。


最後に、読者に向けて、シンガポールでの宗教の楽しみ方について教えてください。


福浦先生 どの宗教もそうですが、そこにおられる信奉者の方々の流儀に倣って、敬意をもって見学されれば、歓迎されると思います。ご存じのとおりシンガポールでは、各宗教に関する重要な日は暦上の祝日になっています。2023年4月7日キリスト教・イースター前のGood Friday、4月22日イスラーム教・断食月明けのHari Raya Puasa、6月2日仏教・釈迦誕生や悟りを開いた日のVesak Day、11月12日ヒンドゥー教やジャイナ教等の新年のDeepavaliや12月25日のChristmasなどは、この国ならではの様相を呈しています。是非、シンガポール人のご友人にどこへ行くとよい(一番顕著な様子をみることができる)のかと尋ねてから、見に行ってみてください。例えば、華人系だからHari Raya Puasaに詳しくないということはありません。小学校に入る前から、彼らは異文化・異宗教について理解する教育を受けてきていますので、詳しいですよ。


インタビュー後記


 私はシンガポールに長く住んでいますが、シンガポールの華人系の宗教はとらえどころがないと思っていました。そんなときに出会った書籍『都市の寺廟』。読了後に著者の福浦先生に連絡をとると、偶然1ヶ月後にシンガポールにいらっしゃるとの返事をいただきました。そのタイミングでインタビューをお願いすると、お忙しいにも関わらず快く引き受けていただきました。
 先生のご著書『都市の寺廟 シンガポールにおける神聖空間の人類学』は華人系の寺における相談会の調査をした本です。相談内容の傾向、相談者のジェンダー、回答の傾向などから、その背景にあるシンガポール社会の姿をとらえるという面白い本で、一般に知られていないであろうことがたくさん書かれていました。
 このインタビューでは、移民国家であり、多民族国家であるシンガポールらしい宗教のあり方のお話が聞けたと思います。福浦先生ありがとうございました。


 


文責:小林智(シンガポール日本人学校小学部チャンギ校)


写真・撮影:小林智・一木洋子 (同)

ハローインタビュー 福浦厚子先生 滋賀大学経済学部社会システム学科教授 (1月号2023年)