<August 2010 掲載>

シンガポールは、スパイス天国。東南アジアをはじめ、中国やインドのもの、中東やヨーロッパのものまで、手頃な値段で気軽に試して買い揃えることができます。スパイスをたっぷり使ったローカルフードがやみつきになっている方、また日本では珍しいスパイスをお土産にしている方も多いのではないでしょうか?

世界最大の港(コンテナ取扱量、取扱貨物総重量ともに世界一)を誇るシンガポールには、昔から近隣諸国のスパイスが集まり、スパイスの市場も世界最大です。15世紀以降、コロンブスによる新大陸の発見も、ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓も、マゼランによる世界一周も、アジアのスパイスが目的のひとつであったことはよく知られています。そこで今回はシンガポールにおけるスパイスの文化と、その歴史を紹介します。


◆ スパイスは、人間にとって有効なもの

日本人にとってスパイスは、香辛料=辛いというイメージが強いのですが、実は辛みのあるスパイスというのは全体の中でも1割程度です。スパイスに明確な定義はありませんが一般的に、風味や香りのある植物(根茎、樹皮、葉、つぼみ、種子など)からとれる調味料の総称とされ、薬味やハーブ(香草)もスパイスの一部ということができます。

スパイスは、人間にとって有効なさまざまな作用をもっていることが昔から知られています。特に熱帯の貧しい国ではビタミン補給と米の味つけの役割がありました。スパイスの基本的な作用として以下の4つが挙げられます。

1) 香りづけ作用(芳香、刺激、爽快)

シナモン、ナツメグ、クミン、セサミ、アニス、カルダモン、バジル、ミント等

2) 辛みづけ作用(辛味、苦味、甘味も含む)

ペパー、チリ、マスタード、ジンジャー、わさび、さんしょう等

3) 色づけ作用(赤色、緑色、黄色など)

ターメリック、サフラン、パプリカ、くちなし等

4) 素材の臭みをとる作用(脱臭・矯臭)

クローブ、ベイリーブス、タイム、セージ、コリアンダー、ガーリック、オニオン等

もちろん、いくつかの作用を兼ね備えたものもあります。香り、色、辛みで食欲を増進させたり、保存性を高めるだけでなく、薬効、健康への有効性も注目されています。そもそも中国では漢方薬とされているスパイスもあり、中国料理は昔から医食同源として、さまざまな食物の薬効を鑑みて料理された「薬膳」が基本的な考え方です。

また食材や調味料に限らず、スパイスは古代より薬や香料、供物、防腐剤として使われており、現代では洗剤や石鹸、化粧品、アロマテラピーなど暮らしの中のさまざまな場面で使われています。


◆ 世界の四大スパイスとは・・・

世界には350種類以上のスパイスやハーブがあるといわれていますが、その中でも古くから使用され、今も世界中で愛用されている四大スパイスは、ペパー、クローブ、ナツメグ、シナモンです。これらは世界の歴史を動かしたスパイスとも言われ、シンガポールにも縁深いものです。

1
ペパー <コショウ> 

原産地:インド(マラベル海岸)
各国の料理に最も広く使われている「スパイスの王様」。つぶつぶの実がぶどうのように連なっている。ブラック、ホワイト、グリーンなどはすべて、同じ実を時期を変えて収穫したもの。長い間、貴重な貿易品として通貨と同様に扱われてきた。

2
クローブ <チョウジ>

原産地:インドネシア(モルッカ諸島)
経済的に重要なスパイス。最も古い記録は古代中国の文献にあり、口臭除去などに効果があるとされていた。つぼみを乾燥させたもので、釘のような形。肉料理などに使用される。インドネシアでは、クローブを混ぜたガラムタバコが人気。

3
ナツメグ / メース <ニクズク>

原産地:インドネシア(モルッカ諸島・バンダ)
同じ木の実から、ナツメグ(種子)とメース(仮種皮)の2種類のスパイスがとれる。ナツメグは昔から東洋では薬として珍重され、漢方では「ニクズク」と呼ばれる。甘く刺激のある香りで主に肉料理に使用。お菓子などにもよく使われる。

4
シナモン <カシア、ニッケイ>

原産地:スリランカ
厳密にはスリランカ産がシナモンで、その他の産地がカシアとされる。クスノキ科の木の樹皮で、甘味との相性がいい。日本でもニッキ、ニッケとしてなじみが深い。古代より使われ、旧約聖書にも登場する。


◆ シルクロードは、スパイスロード

人類は文字をもつ前から、スパイスを使っていたといわれます。紀元前のエジプト、ギリシャ・ローマ、中国(漢)にはスパイスについての記録があり、薬用、神仏用、媚薬、保存剤などとして珍重されていました。さらに東西交易によるシルクロードの発達で、東南アジア産のスパイスが海路より安全にヨーロッパに渡るようになります。

しかし当時ヨーロッパでは、スパイスはとても高価で、金銀と同じ価値があり、給料や税金などがスパイスで支払われることもあったそうです。このスパイスで最も利益を得ていたのが、東西交易路の中継地であったアラビアの商人で、陸路を押さえて価格を吊り上げ、スパイスの原産地を隠し通すことで利益を独占していました。


◆ 大航海時代、東洋の宝の島を求めて

金銀財宝に匹敵するスパイスの原産地探しは、やがてヨーロッパ人の大航海時代へとつながっていきます。スパイスの中でも特に入手困難だったペパー、クローブ、ナツメグ、シナモンなどを産する東洋に憧れを抱き、さらに1299年のマルコ・ポーロによる「東方見聞録」に好奇心をかきたてられ、ヨーロッパ人は帆船で大洋へ乗り出していきます。

まずはコロンブス。西回りで大西洋を渡り、アメリカ大陸を発見。東洋にはたどり着けませんでしたが、ここでアメリカ原産のチリ(唐辛子)を発見します。

バスコ・ダ・ガマは、喜望峰経由でインド航路を開き、インド産のペパーやシナモンを探し当てます。

マゼランは、南アメリア南端(マゼラン海峡)に航路を見出し、西回りで太平洋の横断に成功。彼の船団は、香料諸島と呼ばれたインドネシアのモルッカ諸島にも到達し、クローブ、ナツメグなどを持ち帰ります。またこの航海は、世界一周を果たし、地球が丸いことも証明されました。

こうして海洋貿易路が開拓され、スパイスが手に入りやすくなると、薬用や肉の保存用としての使われ方から、味や香りを楽しむ食文化の方向へ発展します。

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コロンブス(1451-1506)
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バスコ・ダ・ガマ(1469-1524)
7
マゼラン(1480-1521)

◆ 香料諸島(インドネシア)をめぐる、スパイス戦争

原産地が明らかになると、東南アジアやインドにおけるスパイスをめぐっての争奪戦が繰り広げられます。16世紀前半には、まずポルトガルが産地や交易地を制して実権を握ります。続いてスペインが進出し、植民地を獲得していきます。

やがて17世紀になるとオランダが勢力をのばし、セイロン島(シナモン原産地)、モルッカ諸島(クローブ、ナツメグ原産地)からポルトガルを追い出し、スパイスの栽培と取引を独占します。そこにイギリスも割り込んできたために長い間、血で血を洗うような乱戦状態が続きます。これをスパイス戦争と呼んでいます。

1770年頃、その状況を打破したのがフランスでした。原産地にしかなかったスパイスの苗木を密かに盗み出し、他の土地での移植に成功したのです。

1795年にはイギリスも、植民地であったマレーシアのペナン島に、グローブやナツメグを移植。このように栽培地が広がることによって、スパイスの値段も価値も下がり、19世紀にはスパイスをめぐる抗争もやがておさまりました。

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◆ ラッフルズの「スパイス・ガーデン」

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トーマス・
スタンフォード・
ラッフルズ
(1781-1826)(A)

東南アジアがスパイス戦争に巻き込まれている間、シンガポールは未開の地でした。1819年、そこへやってきたのが、イギリス東インド会社のラッフルズです。ここに自由貿易港を開くべく、彼はあらゆる開発を計画しはじめました。

そのひとつが、フォート・カニング・ヒルにあった「スパイス・ガーデン」です。現在のボタニック・ガーデンの原型ともいうべき実験的な植物園で、クローブやナツメグ、ペパーをはじめ、ガンビール、さとうきび、コーヒー、茶など、商品価値の高い作物が試験的に栽培されました。その後「スパイス・ガーデン」は閉鎖されますが、シンガポール各地でジャングルを切り開いて、プランテーションがはじまり、特にペパーやガンビール、コーヒーや茶などの農園が増えていきます。それに伴い、中国、インド、マレー、インドネシアからたくさんの移民労働者が入ることによって、人口も爆発的に増加しました。

また、アジアの物資はシンガポールの港に集結し、世界の十字路として発展。そして今日のように、多種多様な文化の融合がシンガポールの特色になるのです。

熱帯アジア産アカネ科植物。阿仙薬という生薬の一種で、正露丸や仁丹などに使われる。タンニンを多く含み、染料や皮なめしにも
  使われる。

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当時のフォート・カニング・ヒルの様子(B)
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1860年代のペパーのプランテーション(C)

(A)(B)(C): Courtesy of the Singapore Botanic Gardens reproduced from "Gardens of Perpetual Summer "

◆ スパイスにチャレンジしよう!

多民族国家のシンガポールでは、正確な意味でのシンガポール料理というものはなく、さまざまな移民が持ち込んだ多様な料理が混ぜ合わさったもの、つまり中華料理、インド料理、マレー料理、インドネシア料理などをベースに、シンガポール風にアレンジされたものといえます。

これらの料理に欠かせないのがスパイス。その中でもポピュラーで、市場やスーパーなどで日本よりもはるかに安い値段で売られているスパイスを紹介します。スパイスを使うだけで、ふだんの料理もエスニックな味わいとなり、意外に重宝します。

中国料理とスパイス

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中国系の料理で興味深いのは、「中国ハーブ」ともいわれる漢方の生薬が、スパイス感覚で使われていること。特にスープには顕著です。たとえばバクテー(肉骨茶)には、ハッカク(八角)、カンゾウ(甘草)、トウジン(党参)、トウキ(当帰)、クコ(枸杞)などが使われ、市販のスープの素などにはそのまま生薬が入っています。
もちろん健康効果を考えてのもの。これらの漢方系の乾物や、さまざまな種類の薬膳スープの素は市場やスーパーでも売られており、手軽に試すことができます。

 

チリ <トウガラシ> 原産地:熱帯アメリカ スターアニス <ハッカク> 原産地:中国
13 大きさも色もさまざまで、多くの種類がある。チリ特有の「カプサイシン」が辛みの成分で、その含有量によって辛さが異なる。シンガポールの中華には、必ずチリの醤油漬けが出され、マレー料理やインドネシア料理に欠かせない「サンバル」もチリのソース。 14 強くて甘い香りで、東洋的なスパイスの代表。漢方薬のひとつでもある。豚肉料理や鴨料理などに多用され、杏仁豆腐などのデザートにも使われる。匂いの成分は「アネトール」で、アニスやフェンネルとよく似た匂いのため、スターアニスと英名がついた。
中国料理のミックススパイス 「五香粉」
中国では肉の下味つけやマリネなどにさまざまなミックススパイスが使われますが、中でも有名なのが「五香粉」。スターアニス、クローブ、カシア(シナモン)、サンショウ、フェンネルの5種類に加えて、カルダモン、ドライジンジャーなどをミックス。スターアニスの香りが秀でている。

インド料理とスパイス

シンガポールのインド料理は、タミールなど南部のインド料理が中心です。料理といえばカレーですが、インドの「カリー」とは、さまざまな料理に使うソースのことで、日本のようにカレーと称する料理はありません。インドの「カリー」に欠かせないのがスパイスで、シンガポールには有名な「フィッシュヘッドカレー」がありますが、この中にもチリ、クミン、ターメリック、コリアンダー、カレーリーフ、レモングラス、マスタードなど、たくさんのスパイスが使われます。インディアン・マーケットではスパイスは日常品ゆえ特に安価で売られており、たくさん種類が揃っています。

クミン 原産地:エジプト ターメリック <ウコン> 産地:熱帯アジア
15 これだけでエスニックな風味を醸し出す重宝なスパイス。インドでは普通、使う前に炒って味を引き立てて使われる。種状と粉状がある。種はフェンネルやキャラウェイと間違いやすいので注意。また市場で買う時は、日本語的な「クミン」では通じず「キューミン」に近い感覚。 16 カレーに欠かせないスパイス。鮮やかな黄金色は、「クルクミン」という色素成分。ショウガ科の植物で、粉状で売られている。東洋では長い間、染料として多用され、強壮剤や肝臓薬としても使われている。日本でもウコンとしてなじみ深い。
カルダモン 原産地:インドクミン
17 世界で最も古いスパイスのひとつ。「香りの王様」と呼ばれ、サフランやバニラに次いで高価なもの。カレーに欠かせないが、コーヒーや紅茶にも使われている。緑、白、黒の種状と、粉状がある。
インド料理のミックススパイス 1「ガラムマサラ」
インドを代表するミックススパイス。主としてクミン、カルダモン、ブラックペパー、シナモン、クローブ、コリアンダーなど。カレーをはじめとする料理の仕上げに使われる。
インド料理のミックススパイス 2「カレーパウダー」
地方や家庭ごとに多種多様なブレンドがあるが、主としてターメリック、クミン、チリペパー、ブラックペパー、マスタードの種、フェネグリークの種、カレーリーフなどをブレンド。

マレー料理とスパイス

マレー料理は、タイとインドネシアを結ぶ料理といわれます。スパイスも特徴的で、ココナツ、チリ、コリアンダー、タマリンドなどに加えて、ショウガ、シャロット、レモングラスなど根茎系のスパイスもよく使われます。砂糖を加えた、コクのある甘辛い味が特徴で「ナシゴレン」や「サテ」などが有名。また、「ラクサ」などプラナカン(ニョニャ)料理もマレー系です。ピリ辛ソ-ス「サンバル」も食卓には欠かせないものです。

コリアンダー 原産地:地中海沿岸 レモングラス 原産地:インド、熱帯アジア
18古代から伝えられる古いスパイスのひとつ。種と葉がそれぞれ違う香りで、葉だけをさして「パクチー」「シャンツァイ」などと呼ばれ、東南アジア料理では幅広く薬味などに使われている。種子はホール状と粉状とがあり、マイルドな香りで甘い料理にも辛い料理にも使える。 19 爽やかなレモンの香りが特徴。東南アジア全土に生える、ススキのような背の高い植物で、茎の部分を料理に利用。細かく刻むことでレモンの芳香を出して使い、魚貝類や鶏肉と相性がよい。乾燥したものはハーブティなどにも使われる。
タマリンド 原産地:インド
20 マメ科の植物で、さやの中にある果肉をスパイスとして用いる。甘くフルーツのような酸味が特徴。普通はブロック状か濃縮ペースト状、乾燥品など加工されたものが売られており、カレーやチャツネの他、酸味を出したい料理、お菓子に使われる。
マレー料理のミックススパイス 「サンバル」
マレー料理やインドネシア料理で使われるチリソース。辛いものから甘いものまで様々あり、薬味としても炒め物の調味料としても使われる。チリ、ニンニク、レモングラス、タマリンドなどのスパイスに、干しエビを加えて、石臼で挽いてペースト状にする。

 

参考文献
●スパイス&ハーブの使いこなし事典(主婦の友社) ●スパイス事典(成美堂出版) ●スパイス完全ガイド(山と渓谷社) 
●アジア食文化紀行「シンガポール料理」(チャールズ・イー・タトル出版) ●マラッカ物語 鶴見良行著(時事通信社)
●Gardens of Perpetual Summer (The Singapore Botanic Gardens) ●海のアジア ウォーレシアという世界(岩波書店)

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