初めてシンガポールを訪れたのが今から28年前の1984年の家族旅行でした。何故、シンガポールを選んだのかは、食べ物が美味しいと聞いていたからです。 1週間の滞在でチャイナタウン、リトルインディア、オーチャードなどでチキンライス、フィッシュヘッドカレー、サテー、アイスカチャンなどの美味しい食べ物に出会いました。初めて来た国なのに何かしっくり来る。着いたその日に、日本人観光客のご夫婦から現地の人と間違えられたのも、今は良い思い出です。
 当時はクーラー付きのタクシーは珍しく、運転席で小さな扇風機が回っていました。ヤオハンが今のドビーゴートのプラザシンガプーラにあった時代です。何を見ても珍しく、中国、マレー、インドなど多民族国家の美味しいお料理に惚れ込んでしまい、その後、料理の勉強に短期間通い始めました。日本で東南アジア料理なんて知られていない頃のお話です。
 日本ではフランスやイタリアの料理学校はすぐに見つけることが出来たのですが、東南アジアの料理学校の情報など何も無く、困っていたところ、友人から東京にある日本シンガポール協会を紹介して頂き、当地の料理教室の情報をお聞きしました。今のようにパソコンやインターネットも無い時代です。
短期間で当地を訪れて、英字新聞に出ていた料理教室に手当たり次第行きました。そして最終的に一人の先生に出会うことが出来ました。
 その後、シンガポールからマレーシア、タイと料理研究の旅を続け、1995年に京都で東南アジア料理スタジオを設立し、3ヶ国の料理の講習を始めました。今は東南アジアの食材が日本でも手軽に入手出来ますが、教室を始めた頃は生のレモングラスやコリアンダーなど何処にも売っていませんでした。スパイスは神戸のスパイス屋に行けば入手出来ました。
 ココナッツを買って中身を削り、ココナッツミルク作りに挑戦しましたが、巧く出来ない。ココナッツジャムのカヤが好きで、何度も作りましたが、またまた失敗。タピオカを茹でて戻すのにも苦労しました。何故、日本で東南アジアの味を再現出来ないのか?
 答えは一つ。材料が違うのです。砂糖、ココナッツミルクなどなど。椰子砂糖、生のココナッツミルクのお味はやはり現地でないと再現出来ない。
 その後、試行錯誤を重ねて、日本でも現地の味を再現出来るまでになりました。テレビやラジオ、雑誌、新聞、講演会などにも仕事が広がり、シンガポール、マレーシア、タイ政府観光局の仕事もさせて頂きました。某麺会社からお呼びがかかり日本初のラクサ、カレーミーの新製品開発も手がけました。
 長い間、東南アジアを訪れていましたが、所詮短期の旅行者です。住んでみなければ文化は本当に理解出来ないとの思いがつのり、2010年にシンガポールで仕事を見つけて当地にやって参りました。やはり住んでみて、東南アジアの生活、文化を少しずつですが理解出来るようになりました。
 食材を買いにローカルのスーパーマーケットに行った時の事ですが、テンペをじっと見ていたらシンガポール人のおばさんにどうやって食べるの?と聞かれました。私はすぐ「Gorengしてねっ(揚げてね)」と返事したのですが、さすがに多民族国家のシンガポール。私が何人か解らなくても質問は色んなところから聞こえてきます。
 デパートで洋服を買いレジに並んでいる時も後ろに並んでいる知らない人がこれ良いわね!! 何処にあったの? 幾らだった?と話しかけられる事が多いです。
日本と比べて人と人の距離が近い、少し前の日本の人間関係を見ているようです。昭和世代の私にはほっとして嬉しいですね。
 東南アジア料理に初めて出会えた国、シンガポール。この国をこれからもずっと愛し続けます。

トップページへ