シンガポールのスーパーやレストランで「ハラール・マーク」を目にしたことがあるかもしれない。ムスリム(イスラーム教徒)が食べてよいとされるハラール食品につけられているマークだが、宗教的事項とからんで分かりにくい部分も多い。一方で、イスラーム圏の経済成長に伴って、ハラールに注目する地元企業、多国籍企業は最近増加している。これからのビジネスを読み解くキーワードの一つになるハラールについて、やさしく解説してみたい。

◆ ハラールとは何か

ハラールとはアラビア語で「許されている、合法」を意味する。それに対して「禁じられている、非合法」は、ハラームという。もともと聖典クルアーンに規定されているイスラーム法上の概念であるが、イスラームは信仰と生活を区別しない生き方そのものへの教えであるため、ハラール(合法)とハラーム(非合法)は、ムスリムにとって広く生活全般を貫く指針となっている。
食べ物のハラールとハラームに関して、イスラーム法では、①「神が創造したものは、特に禁止されたものを除いて、すべてハラール(合法)」 ②「ハラーム(非合法)とするのは神だけがもつ権利である」という原則がある。その上で、聖典クルアーンの中で、「豚肉」「血液」「規定された方法以外で処理された肉」「酒類(酔わせるもの)」は、明確にハラームとして禁じられている。
また「ハラームを成分として含むもの」「ハラームと直接接触したもの」「ハラームを含んでいる可能性があるもの」は、疑わしいあるいは不浄として、イスラーム法上避けるべきと解釈されている。
これらハラーム(非合法)と疑わしいあるいは不浄とされるものを除いたものが、ハラール(合法)であるという解釈が、ムスリム世界で広く受け入れられている「ハラールの原則」である。またこの「ハラールの原則」は、食品以外にも化粧品や医薬品などに広く適用されている。

◆ ハラール認証制度

歴史的には、ハラールの判断は、イスラーム法学者の解釈に従いつつ、運用レベルではムスリム個人個人が自らの常識的な判断で行ってきた。ところが、経済成長、都市化、食生活の変化などの要因によって、そうした判断を個人で行うことが難しくなり、公的機関によるハラール認証を求める動きが、イスラーム世界全体で高まってきたと言える。
現在、ハラール認証は各国のイスラーム評議会(イスラーム法学者による審議機構)やその他の独立機関が独自の基準を設けて行っており、世界的統一基準があるわけではない。
シンガポールでは1978年、MUIS(シンガポール・イスラーム聖職者会議、シンガポールのムスリムローアクトの法定機関として1968年設立)がハラール認証サービスを開始し、現在MUISがハラール認証した製品は、GCC諸国(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、UAE)、マレーシア、インドネシア、ブルネイなどのハラール市場で広く流通している。
また、近隣諸国では、マレーシアのJAKIM(マレーシア・イスラーム開発局、ハラール産業開発公社HDCの一部門)、インドネシアのMUI(インドネシア・イスラーム聖職者会議、政府機関ではなく独立した宗教学者組織)がそれぞれハラール認証を行っており、特にマレーシアJAKIMのハラール認証は、国際的認知度が高い。MUISの担当者によれば、近い将来、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイの4カ国でハラール認証制度を一本化するための具体的調整が始まっているそうだ。

◆ シンガポールのハラール事情

シンガポールのハラール事情について、少し詳しく見ていきたい。ハラール認証制度は、一般企業にとってもハラール市場への参入の足掛かりになる制度だといえる。昨年10月シンガポールで開催されたMUIS主催のハラールセミナーでは、多くのノンムスリムのシンガポール企業関係者が出席し、ハラール市場への関心の高さをうかがわせた。
具体的にMUISが描くハラール認証制度とはどんなものだろうか。今後、MUISが特に力を入れていくと思われるのが、「ハラール・バリューチェーン」構想である。すなわち、川上から川下までのハラール産業構造化である。ハラール認証と一言で言っても実態はかなり複雑で、原材料のハラールに始まり、倉庫管理、加工、流通、販売段階において、ハラール以外のものの混入、混在を避け、一定数のムスリムスタッフが作業監督しなければいけないなど、細かい規定が設けられている。それらを、MUISのハラール認証で統一化しようとする取り組みである。
現在MUISでは、①製品、②倉庫、③レストランなど食施設、④ケータリングなど食提供サービス、⑤輸出入、⑥食肉処理、など各分野についてのハラール認証を個別に行っている。そして今後は、それらをより総合的に統一した⑦ホールプラント(全工場)でのハラール認証に力を入れようとしている。ホールプラントでのハラール認証の場合、設備、原材料、流通経路などすべてに対してハラールの条件が求められる。なお、インドネシアのMUIが現在行っているハラール認証は、基本的にこのホールプラントベースでのハラール認証である。

◆ シンガポール企業のハラール化具体例

では、実際にハラール化に取り組んでいるシンガポール企業のケースを紹介したい。
インスタントコーヒーメーカーの「Gold Kili」は、2010年にホールプラント・ハラール認証を取得した。そのために、原料はすべてハラール認証のものに変更し、サプライヤーもハラール認証業者に変更した。「Gold Kili」がホールプラントでの認証を選んだのは、いったん、ホールプラントの認証を取得すれば、新商品が出るたびに新たに認証を申請する必要がなく、取り扱うすべての商品にハラールマークを付けることができるからだ。「その方が、現実的だし便利なんです。」と「Gold Kili」の担当者は語っている。4か月の審査期間を経てホールプラント・ハラール認証を取得し、「Gold Kili」は中東、アフリカを含む25カ国に商品を輸出している。
また、中華食品メーカーの「Sin Mui Heng」は1961年創業のメーカーだが、1990年代に入って売り上げが頭打ちとなり、海外市場への進出を模索するため商品のハラール認証を取得した。当初、豚肉使用のイメージが強い中華料理はハラールと相容れないとして、ムスリム消費者の反応はよくなかった。「Sin Mui Heng」は2年間かけて、オリジナルの味を損なわないハラール・ディムサム(点心)を開発し、今ではシンガポールの8割のホテルや仕出しに提供している。2006年にはドーハでのアジア大会で公式サプライヤーに選ばれ、中東でも名を知られるようになっている。
このほかにハラ―ルセミナーでは、ハラール・コーナーを設けているNTUCの取り組みや、インドネシアやマレーシアなどムスリム諸国からの観光客が半数を占めるというセントーサ・リゾートワールドのF&Bハラール化計画、シンガポール製品の高品質イメージを生かしたシンガポール発ハラール・ハムブランド、「エルディナ」の海外進出戦略などの実例が紹介されていた。
また利用者に向けてのサービスとして、ハラール・ダイレクトリーの出版や、ハラール・イーティングガイドのiPhoneアプリ化など、さまざまな付随するサービスが生み出されている。

◆ ハラール市場の将来

現在、世界のムスリム人口は16億人、世界人口の23.4%にあたるといわれている。2030年には26.4%になると予測され、ムスリム市場は2兆米ドル規模のもっとも成長著しい市場になり、ハラール食品市場は、世界の食品市場の12%、5600億ドルをしめるようになると予測されている。なかでも、世界のムスリム人口の62%が暮らすアジア大洋州地域は、ハラール市場の中心になる。
中国、韓国、オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパなどの企業がハラールを取り入れるケースは増えており、シンガポールでも毎月のように、それらの企業の新しいハラール商品を手にすることができるようになった。日本企業では、味の素、大正製薬、ヤクルト、ポッカ、キューピーなどがJAKIMのハラール認証を取得している。
また、MUISのハラ―ル認証件数は過去10年間で5倍に、商品数は10倍に増えている。
今後は、経済成長を享受するムスリム消費者、および中間層が増えていく中で、高品質・健康的など好イメージのある日本食や日本食レストランのハラール化はますます期待されるだろう。特にラーメン店、焼き肉店、高級ベーカリーなど、一般的に地元の人に人気が高いものの、これまで「ハラール」ではなかったためにムスリム消費者がまったく利用しなかったものについては、潜在的な需要がかなりあると思われる。
また、ホテル、飛行機、観光地などのサービスをトータルでハラール化した「ハラール・ツーリズム」も新しいサービスとして注目されている。
是非、宗教的障壁をマイナス材料ととらえるのではなく、ハラール認証制度をチャンスとして捉える日系企業からの「ハラール市場」への参入を期待したい。


(文 薮内 美奈子)

参考文献およびウェブサイト
 Global Halal Food Industry, SPRING Singapore 2011
  http://www.muis.gov.sg
  (シンガポールのハラール認証情報)
  http://www.hdcglobal.com
  (マレーシアのハラール認証情報)
  http://www.halalmui.org/
  (インドネシアのハラール認証情報)

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