ゴムといえば、何を思い浮かべるでしょうか。身の回りのものだけでもタイヤ、チューブ、防水具、靴、輪ゴム、ゴム手袋、ボール、コード、玩具、消しゴム、チューインガム等いろいろあります。電化製品や器具、部品に使われているもの、工業用素材、産業用機械等を含めると、あらゆるものがゴム素材でできており、今や私たちはゴムなしには生きていけないことがわかります。現代社会に欠かせないゴム。もしゴムがなければ…今の世の中は全然違うものになっていたでしょう。20世紀を拓いたゴム産業、その発展のドラマは、なんとシンガポールを舞台に繰り広げられていたのです。かつてここにはゴムのプランテーションがたくさんありました。そこで今回はゴムを生み出す「ゴムノキ(ゴムの木)」と、その歴史をご紹介します。

■ゴムノキとは・・・

ゴムノキとは、ゴムの原料となる樹液(ラテックス)等を採取できる樹木のことで、その仲間は400以上あるといわれています。ご存じの通りゴムには、「天然ゴム」と「合成ゴム」があり、天然ゴムはこれらゴムノキから原料を採取するもので、合成ゴムは樹木からの原料を必要とせず人工的に作られたものです。一般的に天然ゴムは、以下のように、「弾性ゴム」「水溶性ゴム」「チューインガム」と大きく3つに分類され、それぞれに採取する樹木が異なっています。以下に主なものを挙げました。

*Wikipedia「ゴムノキ」参照

<弾性ゴム>…天然ゴム、一般ゴム製品の原料

「パラゴムノキ」(トウダイグサ科)

「インドゴムノキ」(クワ科)

「ベンジャミンゴムノキ」(クワ科) 等

<水溶性ゴム>

アラビアゴム(切手の裏糊)や食物の増粘剤等の原料

「アラビアゴムノキ」( マメ科) 等

<チューインガム>…チューインガムの原料

「 チクル」「 サポジラ」(アカテツ科) 等

日本でゴムノキといえば「インドゴムノキ」を思い浮かべるのではないでしょうか。これもかつてはゴムが採取できる樹木でしたが、今はほとんど観葉植物として栽培されています。ベンジャミンも同様、実はゴムノキの仲間です。

 

インドゴムノキの葉

■天然ゴムの代名詞、パララバー

さて、ここでクローズアップするゴムノキは、私たちの生活に欠かせないゴムを生み出す、パラゴムノキのことです。ラバーツリー、パララバーとも呼ばれ、正式名称を「Hevea brasiliensis(ヘベア ブラジリエンシス)」といいますが、ここでは以下パララバーと表記します。パララバーからは良質のゴムが採取でき、現在においても世界の天然ゴムの原料のほとんどは、この木から採られています。パララバーをめぐるドラマが、20世紀の世界を劇的に変えたのです。

一般的に15〜20mの中高木。中には30mの高さに達するものもある。幹はザラザラな茶褐色、その樹皮の下にゴムの原料となる樹液(乳液状のもの)が流れている。

 

 

パララバーの樹木→

ンガポールも、戦前にはゴム園が多く、パララバーもたくさん見られましたが、現在はめっきり少なくなっています。マレーシアやインドネシアなど近隣諸国では、今でも大規模なゴム園があり、パララバーは天然ゴムの生産に大きく貢献しています。

 

パララパーの葉

■ゴムのはじまりはブラジル

本来ゴムは、アマゾンのインディオが自生していたゴムノキの樹脂から、壺や水筒、靴などを細々と作っていたのがはじまりです。15世紀、コロンブスがアメリカ大陸を探検した時に、ゴムの存在が明らかになりましたが、長い間具体的な用途を見出せないままでした。19世紀に入り、米国人・グッドイヤーによる硬化技術※の発見によって、ゴムの用途は著しく拡大。さらに、英国人・ダンロップによる空気タイヤの発明によって、ゴムは自動車産業に不可欠となります。 

戦争と結びつき、列強国は競ってゴム資源を確保しようとしたため、ゴムの需要は飛躍的に増加。アマゾン流域のゴムの原生林には人々が群がり、ゴムの積出し港であったブラジルの「パラ」(現在のマナウス)は、世界のゴム取引の中心地となりました。パララバーの名前はこの港に由来しています。

※生ゴムに硫黄を混ぜることで、熱を加えると柔らかく、冷やすともろくなるゴムの性質を克服した加工技術。

■パララバーを密輸。シンガポールへ

こうした状況下、ブラジルはアマゾン流域のゴムノキ(パララバー)を重要な産業資源として、国外への持ち出しを禁止しました。しかし英国は、植民地でのゴム自給をもくろみ、こっそり種子を採集し、1875年にはパララバー約7万個の種子を、密かにイギリスまで運び出すことに成功。それらの種子は、ロンドンのキュー王立植物園で育てられました。

発芽した種子のうち、約1700本の苗がスリランカに送られ、1877年にはそのうちの22本がシンガポール植物園へ運び込まれ、試験的な栽培が始まります。しかし、苦労して運び育てたパララバーも、ゴムを生み出す新しい商業用作物としては、まだ受け入れられていませんでした。そこで、ゴム栽培の促進と植物園発展のために、ロンドンからシンガポールの植物園に派遣されたのが、H.N.リドレーでした。

■リドレー園長の奮闘

1888年、リドレーがシンガポール植物園の園長として就任。植物学者である彼は、パララバーを丹念に調べ、プランテーションに適した栽培、樹液の採取方法を模索し、塔^ッピング法狽ニいうものを考案しました。これは樹皮に切傷をつけて樹液を採取する方法で、従来のように樹木を切り倒さずとも、1本の木から長期間、樹液を採取することができる画期的なもの。彼はマレー半島各地を巡り、ゴムの栽培を熱心に呼びかけました。

しかし、当時のプランテーションといえば、コーヒー、茶、パイナップル、タピオカなど。経営者たちはゴムに見向きもせず、「きちがいリドレー」などと陰口を叩いていましたが、徐々に彼の呼びかけに応える経営者も現れはじめます。

シンガポールの立志伝中の人物、タン・カー・キー(Tan Kah Kee)もその一人です。早い時期からゴム園の経営を行ったことで、「東洋のヘンリー・フォード」「ゴム王」などと言われるまでに財を成しました。

■シンガポール発展の礎となったゴム

20世紀になると、自動車産業の発展によってゴムの需要は飛躍的に高まり、皆こぞってゴムの栽培に乗り出し、マレー半島とシンガポールには多くのゴム園が開かれるようになり、世界最大のゴムの生産地となります。

このプランテーションの労働者として、中国系、インド系など多くの移民が流入し、シンガポールの人口は飛躍的に増加。日本人が経営するゴム園もあり、同時に多くの日本人もシンガポールにやってきて、日本人街がおおいに栄えたのもこの頃でした。パララバーを執拗に研究し、人に何といわれようがゴムの栽培を提案し続けたリドレーのおかげで、シンガポールは、世界のゴム貿易の中心地として大きな発展を遂げることができたのです。

■ゴム樹液の採取〜生ゴム生成まで

パララバーの樹液の採取は、現在もリドレーが考案したタッピング法で行われています。採取は樹齢5年頃から始め、10〜15年で最盛期となり、25〜30年間は採取を続けることが可能です。この樹液は粘りのある乳液状のもので、ラテックスと呼ばれています。さらに樹液を、クレープ状に加工して生ゴムとなります。ここでは、採取〜生ゴム生成までの工程を、日本人会の昔の写真でご紹介します。

■ゴムに関するQ&A

<ゴム、ガム、ラバーはどう違う?

〜消しゴムの由来〜>   

●基本的には同じですが、英語では弾性ゴム(ゴム製品や原料ゴム)を表すものを<rubber>、水溶性ゴム(アラビアゴムや食品用添加糊など)やチューインガムのことを<gum>と表しています。

●日本語でいうゴム(gom)は、弾性ゴムなどゴム製品一般のことで、元はオランダ語です。またチューインガムやガムシロップなど食べられるものに対しては、英語のガム(gum)が使われています。ちなみにゴムは漢字で(護謨)です。

●また、ラバーは英語の<rub・こする>が語源で、これは18世紀、英国の科学者・プリーストリが、鉛筆で紙に書いたものを生ゴムでこすると消えることを発見し、ゴムに<rubber・こするもの>という名前がつけられました。その後、ヨーロッパで最初のゴム製品として商品化されたのは「消しゴム」。ちなみに現在の消しゴムの多くは、ゴム製ではなくプラスチック製です。

<天然ゴムと合成ゴム、どっちが優秀?>

●人工的に作られる合成ゴムは、天然ゴムと違って原料や製造方法が多様なため、ウレタンゴム、シリコンゴムなど多くの種類があります。特徴として合成ゴムは、目的に応じて突出した優れた性質のゴムをつくることができますが、他の性質に弱点が生まれやすくなります。一方、天然ゴムには突出した特質はないものの、どの性質においても80点以上の良さをもっています。

●現在、生産や需要の面では、天然ゴムは合成ゴムの約半分といわれますが、上記の特徴により、合成ゴムが完全代替できないので、双方とも生産量は増加。ちなみにタイヤには両方が使われていますが、天然ゴムの方が望ましいとされています。

<天然ゴムの生産国1位は?>

●かつてはマレーシアでしたが、近年の生産国1位はタイ、2位はインドネシア、3位がマレーシアとなっており、この3カ国で世界全体の生産量の7割以上を占めています。マレーシアは戦後、パララバーの品種改良を重ねて世界一の生産国となりましたが、1990年以降にゴムからアブラヤシへの植え替えが進んだために後退。また、5〜7位にはインド、中国、ベトナムが続き、天然ゴムはほぼ東南アジア独自の特産品となっています。

●天然ゴムの世界全体の生産量は、1980年に370万t、1990年に520万t、2000年に710万tと、年々増加の一途。また、世界の天然ゴムの消費量の半分以上を、アメリカ、日本、中国の3カ国で占め、この状況は今後も続くと予測されています。

■シンガポールに縁深い、ゴムノキを見に行こう!

シンガポール植物園のゴムノキ

 

1859年に開園したシンガポール植物園は、今年で150周年を迎えました。それを記念して今年4月、園内にはリドレー園長の偉業を偲びつつ、シンガポールとゴムの繋がりを再認識してもらうために、新しいパララバーの木が植えられています。

 

●住所:

Singapore Botanic Gardens 1 Cluny Rd

 

●開園時間:5時〜24時(入園無料)

 

ボタニックセンター近くに植えられた、新しいパララバーぼ若木。他にもインフォレストエリアのも古くからのパララバーがある。

日本人墓地公園のゴムノキ

現在の日本人墓地公園のもととなる、日本人共有墓地は、娼館主、雑貨商として成功した二木多賀治郎が自己所有のゴム園の一部を寄付したことから始まります。もともとゴム園ですから、ゴムノキはたくさんあったのですが、現在残っているのは5本のみ。そのうち1番太い木がシンガポールのヘイリテージ・ツリー(特別天然記念樹)に指定されています。

終戦の8月を機に、歴史ある日本人墓地公園へ一度訪れてみてはいかがでしょうか?園内には戦没者慰霊碑をはじめ、多くの先人、からゆきさん達の墓、また「ハリマオ谷豊」や「音吉」など偉大なるパイオニア達の足跡と歴史がわかるメモリアルプラザなどがあります。

●住所:

The Japanese Cemetery park 22 Chuan Hoe Ave

●開園時間: 7時〜19時(入園無料)

シンガポールで唯一ヘリテージツリーに指定されているパララバー。墓地の正面入り口を入って、左の奥にある。

ブキティマ自然保護区のゴムノキ

 

実はパララバー以外にも、シンガポールやマレーシアには有能なゴムノキがありました。「グッタ・パーチャ」といわれるアカテツ科のゴムノキです。弾性のあるゴムの性質とは異なり、こちらは専ら涛V然のプラスチック狽ニして重宝され、工具などの取手部分、ゴルフボールなどに使用され、以前はとても高価なものでした。

この木のプランテーションの名残が、ブキティマ自然保護区の「タバンループ」というトレイルにあります。ここにはたくさんのグッタの木や、樹液の採取痕を見ることができます。

●住所:Bukit Tima Nature Reserve

177 Hindhede Drive

●開園時間:7時〜18 時(入園無料)

 

タバンループ近くにあるプレート

「戦前シンガポールの日本人社会 ―写真と記録―」

シンガポール日本人会・史蹟史料部発行

戦前の状況が、貴重な写真や資料と共にわかりやすく掲載されており、先人達の苦労が偲ばれます。今回ご紹介した「日本人のゴム園経営」のことや、大正時代の日本人街や、一部で話題になっている「音吉」についても書かれており、必見の一冊です。

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