シンガポール国立博物館 / National Museum of Singapore
夢と現実 -オルセー美術館特別展
(地階特別展ギャラリーにて、2012年2月5日(日)まで)
「パリに旅行するなら絶対にオルセーに行く」、あるいは「オルセーに行きたいからパリに行く」という方がいらっしゃるかもしれません。日本人にも人気のオルセー美術館では1986年の開館以来初となる大がかりな改修工事が行われ、ようやく先ごろ訪れる者にとってより魅力的な新美術館へと生まれ変わりました。その1年半以上にわたる工事期間中、美術史に燦然(さんぜん)と輝く当美術館の名画が世界を巡回しました。そしてシンガポールにも待ちに待ったアートラバー垂涎(すいぜん)の名画の数々がやってきました。絵画、デッサン、写真、その総数は145点にのぼり、その中にはシンガポールにだけ特別に貸し出される肖像画1点も含まれています。
見逃せないシンガポールゆかりの肖像画

リャンコートから程近くリバーバレーロードと交差する大きな通りをクレマンソーアベニューといいます。この「クレマンソー」は第一次世界大戦の時にフランスの首相を務め、大戦終結のベルサイユ条約で自国を有利に導いた辣腕政治家、ジョルジュ・クレマンソーに由来します。クレマンソーは政界引退後東南アジアを旅し、シンガポールには1920年に第一次世界大戦戦没者記念碑の定礎式に招かれ訪れています。さらに道路改修工事の起工式にも立ち会ったので、その道は名誉なことに「クレマンソー」の名前をいただいたという訳です。クレマンソーは「Le Tigre
(虎)」の異名もある程の政
界の実力者でしたが、その一方で芸術を好み、画家のマネやモネらと終生友人であり続けた趣味人でもありました。今回展示されているマネの晩年の作「ジョルジュ・クレマンソー」は、その交友をもとにクレマンソーの人間性まで見事に表現しきった名品です。ところで、マネはこの作品の制作に写真を用いたと考えられています。
印象派誕生に影響した3つの出来事
「近代絵画の父」とも呼ばれるマネの元には、後に印象派として知られるようになるモネ、ドガ、ルノワール、ピサロ、セザンヌらの若手画家たちが集まるようになります。厳格なアカデミズムとは一線を画し、新しい時代とともにある新しい芸術が熱く語られました。やがて19世紀後半に誕生する印象派は、近代化の波と共に飛躍的に進んだ科学技術と無縁ではないのです。
その1 写真の発明
今や携帯電話にカメラは当たり前というほど、写真は正確にかつ気軽に記録することができる身近なものですが、それは19世紀初めに発明されました。その後19世紀後半になると写真はかなり普及し、肖像画を生業としていた画家たちに失業という難題を突き付けました。写真を脅威ととるかチャンスととるか。新しもの好きの印象派の画家たちは明らかに後者で、写真技術をどんどん自分たちの芸術に取り入れて新しい表現法を見出していきました。写真を使えばモデルに長時間同じポーズをさせる必要もなく、また一瞬の動きを捉えることができます。ドガは踊り子や競馬場の馬を好んで描いていますが、それには瞬間の動きを収めることができる写真がうってつけでした。そして絵にリアルさが求められた時代から様々な表現ができる時代へと移り変わっていく契機となったのです。
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| ●エドガー・ドガ 階段を上がる踊り子 1886-1888 油彩、カンヴァス 39x89.5cm 連続写真を思わせる踊り子たちのポーズ。大胆なトリミング。 極端に横長のカンヴァス。写真やジャポニスムの影響が多分に見られます |

その2 チューブ入りの絵具の発明
私達には見慣れたチューブ入りの絵具は一体いつ頃できたものでしょうか。中世やルネッサンス時代では、画家やその弟子が必要に応じて鉱物や貝などの顔料を砕き、油を混ぜて絵具を作っていました。その後18世紀末に既成絵具が売られるようになりますが、何とその容器は豚の膀胱でした。こうした時代を経てやっと1840年代にチューブ入り絵具が発明されました。時を同じくして絵具箱やイーゼルも軽量化され、いよいよ外に出て絵を描くことが出来る時代が到来したのです。外光のもとで光の変化を描こうとした印象派の画家にとって、チューブ入り絵具は欠くことのできないものでした。
その3 パリ万博/ジャポニスム
19世紀半ばには日本の浮世絵や工芸品が海を渡り人気を博していましたが、1867年の第2回パリ万博に日本が初めて正式に参加すると大変な評判を呼びました。とりわけ浮世絵はパリをはじめヨーロッパに大量に流入し、一大ジャポニスムブームを巻き起こしたのです。遠近法を無視した平面性、色彩の対比、俯瞰(ふかん)、クローズアップ等の技法、そして日常の風俗や四季折々の自然の風情を描いた題材は驚きと共に受け入れられ、当時の画家たちに大きな影響を与えました。


特別展の見どころ

19世紀のヨーロッパは、イギリスから始まった産業革命が各国に広がり近代化が急速に推し進められ、社会の構造が根底から変化した時代です。パリの街自体もナポレオン三世の命により、薄暗く不衛生な街から、今の「花の都・パリ」へと大改造がなされました。新興ブルジョワジーも労働者階級もそれぞれに時代の息吹を感じそして時代を謳歌しました。
絵画の世界も社会の変化につれて、旧態依然の新古典主義に反発する新絵画運動が続々と現れ、絵画の近代化が始まります。その比較的早い段階で現れたのが印象派であり、その後ゴッホやセザンヌのポスト印象派、幻想的な象徴主義へと広がっていきます。今回の特別展では絵の近代化前の新古典主義から世紀末・新世紀にかけて夢と現実を行き来した絵画群まで幅広く展示されているのが魅力です。時代の流れを縦糸とすれば、文化は横糸としてそれぞれの時代を色鮮やかに織りなしてきました。社会が近代化という名のもと大きく変化した19世紀半ばから20世紀初めのフランスの人々の様子が、現在展示中の絵画を通して身近に感じられることでしょう。フランス、シンガポール、近代西洋絵画に大きな影響を与えた浮世絵の国・日本、様々な思いを胸にオルセー美術館特別展の作品を眺めてみてはいかがでしょうか。
<ミュージアム日本語ガイドグループ 原 佳子>
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