プラナカン博物館 / Peranakan Museum

ラーマーヤナ特別展
展示期間: 2011年2月27日まで
昏黒にガムランの音色が響きわたり、伸びやかな詠唱が始まる。舞台中央には生命樹が掲げられ、神々や先達の霊に捧げる儀式がし
めやかに執り行なわれている……中部ジャワのジョクジャカルタで観た「ラマヤナ・バレー(ラーマーヤナ舞踊劇)」の冒頭のシーンです。
「ラーマーヤナ」は、「マハーバーラタ」と並び古代インドを代表する長編叙事詩です。ヒンドゥー教の広がりとともに東南アジアへも伝
わり、その土地土地で様々なかたちの芸術や芸能として育まれてきました。カンボジアのアンコール・ワットの浮き彫りやバリのケチャダ
ンスなど、わたしたちが旅行で訪れる場所でも「ラーマーヤナ」は息づいています。プラナカン博物館では、現在「Ramayana Revisited」
と題し、特別展を催しています。是非この機会に「ラーマーヤナ」を身近に感じてください。
「ラーマーヤナ」とは?


紀元前から語り継がれてきたこの物語は、2世紀の吟遊詩人ヴァールミーキが全7巻からなる叙事詩にまとめ、現在の形に近いものにしたといわれています。主人公ラーマ王子の一生を描いた壮大な愛と冒険の物語で、その舞台はインド北部のコーサラ国の都アヨーディヤから始まり‘ランカー’の名で登場するスリランカまで、広大なインド亜大陸を縦断していきます。
ラーマ王子は、ヒンドゥー教の神、ヴィシュヌ神の生まれ変わりといわれ、人一倍賢く勇敢な青年に育ちましたが、王位継承をめぐるお家騒動の末、14年間森へ追放されます。美しい妃シータ、弟ラクシュマナと共に森で穏やかに暮らしていましたが、ある日、ランカー島の魔王ラーヴァナの罠にかかり、ラーマが狩りに出かけた隙にシータはさらわれてしまいます。
シータを奪い返すために旅に出たラーマ兄弟は、途中で猿の将軍ハヌマーンに出会います。ハヌマーンの仕える猿王を助けることで互いの信頼を深め、シータ探索に出かけたハヌマーンはついにシータがランカー島に連れ去られたことを突き止めます。ラーマ兄弟と猿の軍団はランカー島に乗り込み、激しい攻防が始まります。ラーマ軍は魔王ラーヴァナ軍に苦しめられ、ラクシュマナも瀕死の重傷を負いますが、勇気と知恵を結集し、ラーヴァナの弟クンバカーナ、息子インドラジットを打ち負かします。そして最後に、ラーマがラーヴァナを倒し、シータを奪い返しました。ここでラーマはシータの貞操を疑うのですが、シータは火の中に飛び込み無傷で生還し、身の潔白を証明します。シータを伴い故郷に戻ったラーマは、民衆の歓喜の中、王位に就きました。
平穏な日々が数年続きましたが、民衆の間でシータの貞節が再び疑われ、ラーマはやむなくシータを森へ追放します。シータは森でヴァールミーキの元に身を寄せ、双子の男の子、ラーヴァとクシャを生みます。その2人がヴァールミーキの語ったラーマの物語を詠唱することを知ったラーマは、シータや息子たちと共に暮らすことを望みますが、シータは再び疑惑を受けたことに耐えられず、母なる大地に戻っていきます。失意のラーマは息子たちに王位を譲り、物語は幕を閉じます。
広がる世界「ラーマーヤナ」
「ラーマーヤナ」はヒンドゥー教の教えを体現し、インドの人びとの心の支え、生活の規範になっていきました。当初の‘朗誦’に体の表現や道具が加わり、演劇、舞踊、影絵芝居(トール・ボンマラーター)などが、村々の祭礼の場で、音楽の調べにのり上演されるようになりました。そして、インド商人の交易を通し、ヒンドゥー教とともに東南アジアへも広まっていきます。
東南アジア島嶼部のジャワは、インドの影響を最も受けた地域のひとつです。9世紀に建立された中部ジャワのプランバナン寺院にはラーマーヤナの浮き彫りが見られ、現在でも、文頭で紹介した「ラマヤナ・バレー」、影絵芝居などが盛んに上演されています。数ある影絵芝居の中でもワヤン・クリは、水牛の皮に細かい彫刻を施し彩色した人形を用いたもので、その歴史を10世紀にまで遡ることができるジャワを代表する芸能です。インドのトール・ボンマラーターより小ぶりな人形ですが、ダランと呼ばれる人形遣いが1人で何十体もの人形を操りながら朗誦します。ワヤン・クリは、バリやマレーシア北部のクランタンでも演じられています。
一方、東南アジア大陸部のカンボジアにも6世紀後半に伝わったことを示す碑文が残り、「リアムケー(リアム王子の栄誉)」という独自の文学を展開しています。クメール人のアンコール王朝がヒンドゥー教の世界観を具現化したのがアンコール・ワットですが、その回廊にはラーマーヤナが浮き彫りされ、回廊を歩きながら朗誦する僧侶がいたといわれています。クメール宮廷での芸能、あるいは寺院への奉納として、仮面舞踊劇、大型影絵芝居という形で「リアムケー」は上演されました。ラカオン・カオルと呼ばれる仮面舞踊劇は、通常すべて男性の演者で、人間以外の登場人物は張り子の仮面を被って演じます。15世紀にアンコール王朝を滅ぼしたタイのアユタヤ王朝にその芸能様式は引き継がれ、仮面舞踊劇コーン、大型影絵芝居ナン・ヤイは現在でもタイの主要芸能になっています。物語としては13世紀には既に伝わっていた形跡があり、仏教の教えも取りこんだ「ラーマ・キエン(ラーマ王子の栄光)」が上演されます。ナン・ヤイはワヤン・クリと異なり、人形ではなく紙芝居的なものが主体となりますが、非常に大きく(約1×1.5m)、両手で宙に掲げて操作する熟練の遣い手が必要になります。これらの芸能は、さらに17世紀にミャンマーへと伝わっていきます。
例えば、アユタヤという地名の由来は、コーサラ国の首都アヨーディヤーという説もあります。現在のタイ王族の「ラーマ」という王名など、ラーマーヤナが単なる文芸作品にとどまらず、王権にも巧みに利用されたことが伺えます。
中国の西遊記(ハヌマーンは孫悟空の祖先?)、日本の平安時代に編まれた『宝物集』、桃太郎(桃太郎の鬼退治はラーヴァナ退治?)にも影響を与えたといわれ、西はイランから東は日本まで、その影響力は広大です。さらに、現代でも映画、TVドラマ、アニメ、音楽など様々なメディアで取り上げられ、その人気は色褪せることがありません。
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← ハヌマーン (仮面) カンボジア、プノンペン/1999~2000年 この仮面はカンボジアの仮面舞踊劇、ラカオン・カオルで用いられる。ピン・ピートと呼ばれる古典音楽団の演奏にのり、男性だけで構成される舞踊団がアクロバティックなダンスを繰り広げる。 |
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| → ラーヴァナ (トール・ボンマラーター) インド、アンドラプラデシュ/20世紀 ラーヴァナは通常、腕が20本、顔が10個の魔王とされるが、この作品は腕2本で表現されている。トール・ボンマラーターと呼ばれる影絵芝居は村の祭礼などで演じられ、腕や足が動く大型人形が用いられた。 |
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ヒンドゥー教に関する展示やインドの影響を受けた東南アジアの様子や芸能は、アジア文明博物館の南アジアギャラリー(G7)や東南アジアギャラリー(G3、G4A)でもご覧いただけます。また、シンガポール美術館にもラーマーヤナを題材にした作品が展示されています。どうぞ合わせてご鑑賞ください。(プラナカン博物館とアジア文明博物館は共通チケットも発行されています。)
日本語WEBサイトもご覧ください:
http://www.peranakanmuseum.sg/visitus/visitorinfo_jap.asp
<ミュージアム日本語ガイドグループ 井上千晶>
写真提供/Peranakan Museum