日本人墓地公園
沿革

日本人墓地公園 沿革

明治24年(1891年)

チュアン・ホー・アベニュー22番、133号に日本人共有墓地として8エーカー(約1万坪)の使用許可を取得する。

明治末期

在留邦人有志により「共済会」が発足、墓地の管財を引き継ぐ。 墓地内に曹洞宗の釋教山西有寺が建立される。

大正4年(1915年)

日本人会が設立され、「共済会」と共同で墓地管理を始める。

大正6年~昭和16年(1917年~1941年)

墓地管理は日本人会が全面的に行うことになる。

昭和17年~20年(1942年~1945年)

軍政府と在留邦人による「昭南奉公会」の手に墓地管理が委ねられる。

昭和24年(1949年)

敵産処分法令 (Trading with the Enemy Ordinance 1939) に基づいて墓地は接収され、管財人 (The First Trustees) の管財人権も剥奪される。

昭和28年(1953年)

敵産処分下におかれたままで日本総領事館に墓地管理が移される。

昭和32年(1957年)

墓地の清掃と管理をきっかけに、戦後の「日本人会」が発足する。

昭和35年(1960年)

日本総領事館によって、墓地内に御堂が建立される。 市内にあった妙法寺と西本願寺の遺留品を御堂に保管する。

昭和44年(1969年)

シンガポール最高裁判所より日本人墓地の返還許可を取得する。

昭和48年(1973年)

シンガポール政府は市内42ヶ所の旧墓地に埋葬禁止を発令。日本人墓地もその対象となる。

昭和53年(1978年)

日本人学校の追加用地 (クレメンティ・ロード) 確保のため、日本人墓地用地8エーカーのうち 2エーカーを当国政府に返還する。

昭和60年(1985年)

曹洞宗の浄財により、日本人墓地御堂が再建される。

昭和61年(1986年)

日本人墓地の改修工事を日本人会創立30周年記念事業として推進することを決議。6月3日付で改修申請書をシンガポール政府に提出し、承認を得る。

昭和62年(1987年)

1月23日付の書状がシンガポール政府から大使館に届き、日本人墓地接収の告知がある。 橋本大使がダナバラン外相に陳情し、リースで墓地の存続が許可される。 (リース契約内容は、1989年1月5日から30年の期間で、更に20年間のオプションがついている。) 10月11日改修工事竣工式が挙行される。

平成3年(1991年)

11月22日、日本人会墓地開基100周年記念植樹式が挙行される。

平成14年現在(2002年)

墓地面積:29359平方メートル 墓標:910基


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