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新ミュージアム散歩 シンガポール国立博物館 現代アートから紐とくシンガポールの 温故知新(2月号2022)

28 Jan 2022

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Image courtesy of the National Museum of Singapore


 シンガポール国立博物館に行かれたことはありますか?シンガポールの歴史を知るために最初に訪れる場所の一つとされますが、実は現代アートを楽しめる場所でもあります。今回は、シンガポール国立博物館で展示されている現代アート作品の中で、シンガポール出身またはシンガポール在住のアーティストによる作品に焦点をあててご紹介します。さまざまな作品を通して、新しいシンガポールを知る旅に出かけてみませんか?


 この壁画(写真①)を街中で見かけたことがある方も多いのではないでしょうか?湯気が立ち込める屋台でラクサを作る男性や自転車でインド人の朝食の定番、プトゥマヤムを売る男性とそれを買うサリーに身を包んだ女性。隣の商店には氷を切っている男性とココナッツを砕いている女性の姿も見えます。屋台で売っているものはチキンライス、カレーヌードルにラクサ、今も人々に馴染みのあるローカルフードです。シンガポールのひと昔前の風景を温かみのあるタッチで描くのは、シンガポール出身のイップ・ユー・チョンです。壁画アートを主に手がけており、現在彼の作品は国内のみならず海外にも進出しています。左の露店は、今のシンガポールでは見ることのできない光景です。道路に面した屋台は不衛生、かつ交通渋滞を作ってしまうため、独立後に衛生管理が行き届いた場所にお店が集結する、いわゆるホーカーセンターが誕生しました。この博物館では、壁画が映像となり、人々がイキイキと動き、生活音や声も聞こえてきます。ラクサの香りやココナッツを砕く振動までも伝わってくるような、五感で楽しめる彼の作品は、いつの間にか鑑賞者を作品の中に誘い込みます。


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Moving Memories (2017) by Yip Yew Chong (写真①)


 おそらくこの博物館で一番見つけることが困難なアート(写真②)をご紹介します。メインエントランスから入ってすぐの階段の裏に描かれています。存在を知らないと通り過ぎてしまいます。前出のアーティスト、イップ・ユー・チョンが手がけたこの壁画は、シンガポール国立博物館の歴史がぎゅっと詰まっています。下に見えるのは、現在の国立博物館の前身であるシンガポール学院(現ラッフルズ学院)と最初の展示品になった2枚の金貨です。今は絶滅危機にあるマレー虎は、その剥製が1900年代始めに展示されており、当時の人々の関心が動物にあったことがわかります。中央には、かつてテロックアイヤー周辺に存在したワリック山から見た19世紀中頃の風景が広がります。テロックアイヤーは、マレー語で「湾水」という意味で、通りの目の前には湾が広がっており、沿岸にある魚市場は大勢の人々で賑わっていました。1879年湾は埋め立てられ、現在は金融街として高層ビルがひしめいています。この風景のモデルになったPercy Carpenter作の絵画「Singapore from Mount Wallich」は、1階のシンガポールヒストリーギャラリー内「Crown Colony Zone」で展示されています。


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History of the National Museums of Singapore (2017) by Yip Yew Chong(写真②)


 イギリス植民地時代に建てられた旧館と2006年に増設されたモダンな新館とを結ぶ橋の上を見上げると、8つの翼のようなシャンデリアが輝いています。(写真③)シンガポールを代表する現代アーティスト、スーザン・ビクターによる作品です。2016年博物館の一部が改装された時に、スワロフスキー社協力のもとに制作されたこのシャンデリアには、14,000粒以上のスワロフスキー・クリスタルが散りばめられており、その光は搭載されたLEDライトによってさらに輝きを増します。タイトルを直訳すると「豊かな動きの翼」。タイトル通り、シャンデリアは毎時零分と30分、1時間に2回様々な動きを見せます。物理学の単振動に基づいて計算された振幅で、左右に規則正しく揺れる姿は、自由と解放の感覚をもたらします。スワロフスキー・クリスタルの純粋な輝きを放ったシャンデリアは、博物館の静寂に包まれた空間をスライスしながら、メトロノームのように時間を刻み、過去から現在という時間の流れに再び観客の意識を呼び戻します。


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Wings of a Rich Manoeuvre (2016) by Suzann Victor(写真③)


 シンガポール独立50周年を記念して、2015年シンガポールメモリープロジェクトとして委託された「Singapore, Very Old Tree」(写真④)は、シンガポール人が持つ木々との個人的なつながりを写真で収めたシリーズです。


 ガーデンシティと呼ばれるシンガポールの街中には自然が溢れています。皆さんにも思い入れのある木はありますか?背が高く一際目立つこの木は、ボタニックガーデンにあるサガという木です。一緒に写っている親子は、お子さんが小さい時によくサガの種拾いをしていました。赤い光沢のあるサガの種は、ラブシードと呼ばれていて相思相愛のシンボルでもあります。100個、時には1000個集めると想いが叶う、と言われているおまじない的な存在。親子が集めた種はなんと3271個。お父さんは「種の入った瓶を見るたびに様々な思い出が蘇る」と言っています。お父さんにとってこのサガの種は、子供たちが小さかった頃を思い出すアルバムのような存在なのかもしれません。街の風景が変わってもそこに在り続けてきた木々たちは、シンガポールの発展を見届け、人々を見守ってきた存在でもあります。


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Singapore, Very Old Tree (2015) by Robert Zhao Renhui(写真④)


 博物館外の敷地内には、通りかかる人々が自由に鑑賞できる芸術作品がたくさん展示されています。このようなアート作品は、パブリックアートと呼ばれ、美術館やギャラリーに行かなくても、気軽に楽しめるアートとして、近年シンガポールの街中にも増えています。そのうちの一つをご紹介します。


 博物館の裏手、フォートカニング公園に面した庭に突如として現れる高さ4メートルにも及ぶ巨大なオブジェクト(写真⑤)。これは何に見えるでしょうか?タイトルにある「Pedas」はマレー語で「辛い」と言う意味があります。この彫刻はチリの形を表しています。想定外のチリの大きさに圧倒され、どうなっているのか思わず近寄ってじっくり見てみたくなります。ブロンズでできたこの彫刻は、実際のチリとプロポーションが損なわれないよう緻密に計算され、仕上げにワックスでコーティングすることで、独特の光沢やしなやかさが加わり、本物のような質感に近づけています。小さなものを拡大して彫刻にする手法からは、日常のささやかなこと、当たり前のことが実は大きな意味を持つものであることに気付かされます。アーティスト、クマリは「チリは我々の生活に深く浸透している。世界中を旅し、常に新しい文化に溶け込み、その中で新しい在り方を確立してきた」と語っています。チリは、シンガポールのローカル料理に欠かせない食材で、この国の文化に深く根付いています。また小さなチリ一つでも十分に辛く、力を発揮するところは、まさに小国シンガポールの底知れぬ力を表しているようでもあります。彼女の彫刻作品は、シンガポールの街中でもご覧いただけます。チャンギ空港ターミナル3にある「サガの種」やIONオーチャード前の「ナツメグとメース」など、身近なものを題材にしてシンガポールという国への愛情をシンプルに表しています。もしかすると、皆さんがよく通る場所にも彼女の作品が置かれているかもしれません。


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Pedas Pedas (2006) by Kumari Nahappan(写真⑤)


 あなたが実際にシンガポール国立博物館を訪れ、作品を目の前にして感じることは上記の限りではありません。沢山のアート達はまだ見ぬ世界の気付きを与えてくれます。私自身ミュージアムでの日本語ガイドを始めて7年になりますが、新しいアートに触れる度に新たな発見と驚きがあります。是非何度でも足を運びシンガポールのまだ見ぬ一面に触れて下さい。


<ミュージアム日本語ガイドグループ タン 友香>


画像提供:シンガポール国立博物館 Image courtesy of the National Museum of Singapore, National Heritage Board


 


 


私達ミュージアム日本語ガイドグループは、Friends of the Museums に所属し、シンガポール国立博物館(NMS)、アジア文明博物館(ACM)、シンガポール美術館(SAM)、プラナカン博物館(TPM)にて、日本語によるボランティアガイドを行っております。


*シンガポール美術館(SAM)、プラナカン博物館(TPM)は現在リニューアルのため休館中


■シンガポール国立博物館■ National Museum of Singapore
所在地:93 Stamford Road
開館時間:10:00〜19:00
常設展ヒストリーギャラリーツアー 不定期開催
アートツアー 不定期開催 


■アジア文明博物館■ Asian Civilisations Museum
所在地:1 Empress Place
開館時間:10:00〜19:00、金曜のみ10:00〜21:00
常設展ハイライトツアー 不定期開催


新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大防止のため、日本語ガイドツアーは当面の間、不定期に開催致します。ガイドスケジュール及び新規入会については、公式ブログにてご案内致します。
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