Hello Interview Mario Andrea Vattani Ambassador of Italy (Oct issue 2022)
01 Oct 2022
日本の持つ「道」という文化です。茶道、剣道、武道などの、生き残るための武器があります。
他の国には、こんな文化はありません。
☆プロフィール マリオ・アンドレア・ヴァッターニ大使☆
Mario Andrea Vattani Ambassador of Italy
2021年9月27日より、在シンガポール(兼ブルネイ・ダルサラーム国)イタリア大使。
略歴
1966年
フランス生まれ。
1991年
ローマ大学で政治学の学位を取得後、外交官となる。
2001年〜2003年
アメリカ、エジプトの伊大使館にて経済・領事業務担当の後、伊農業大臣外交顧問。
2003年
EUのETPジャパン・プログラムに参加し、日本語を習得する。2004年〜2007年
東京のイタリア大使館にて経済担当官。
2008年〜2011年
ローマ市長の外交顧問後、在大阪イタリア総領事を勤めた。
シンガポール赴任前は、ローマの伊外務省でEUアジア太平洋地域コーディネーターとして勤務し、環インド洋連合(IORA)やASEANなどを担当した。
伊外交官連合(SNDMAE)評議会のメンバー。
拓殖大学日本文化研究所の客員研究員の経験も持つ。
文筆家としても活動し、「泥水Acqua Torbida」、「Al Tayar」、 「Rika」の小説3冊、また日本旅行記「La via del Sol Levante: Un viaggio giapponese」を出版。
2020年出版の日本に関するエッセイ本「Svelare il Giappone」は、アントニオセメリアサンレモ文学賞を受賞した。
日本人の妻と二人の子どもとシンガポール在住。
日本人会名誉会員。
聞き手 日本人学校中学部 松田航平教諭、恒川園梨教諭
ー 今年の5〜6月にイタリアのイベントがあったとお聞きしたのですが。
ヴァッターニ大使:はい。今年の5月〜6月に「イタリアンフェスティバル」を開催しました。大使館として、シンガポールで初の試みです。イタリアの文化・食・テクノロジーなど多岐に渡る50以上ものイベントを行いました。皮切りとなったのはガーデンズバイザベイの植物園で行われた「ローズロマンス」。様々なバラを用いてイタリア的な風景を表現した展示です。このようなイベントを作ろうと思ったのはガーデンズバイザベイで日本をテーマに毎年開催される桜の展示「桜まつり」のオープニングセレモニーに呼んでいただいたことがきっかけなんです。「桜まつり」はインスタグラムを使う若者たちにも人気が出るように工夫されていました。さらに私が感心したのは、シンガポールにある日本のお茶や生け花のチームの助力でそのイベントが成り立っていたことでした。シンガポールに住む日本人人口に比べればイタリア人は4,000人あまりと少ないのですが、熱心で活動的な人が多いです。わざわざイタリアから人を招致せずとも、ここのイタリア人の力を結集すればフェスティバルも可能ではないかと考え、50ものイベント開催へとこぎつけました。シンガポールでのイタリアのイメージと言えば、ファッションや料理などが目立ちます。しかしイタリアはテクノロジーや科学的な研究でも、先端を行くものがあるんです。それらのあまり知られていないイタリアの力を、シンガポールでより広く知ってもらうために、このフェスティバルを立ち上げました。今後、毎年同じ時期に、このイタリアンフェスティバルを開催する予定です。
イタリアンフェスティバルの開会式(2022年)
ー 11月に行われるイタリアンフードウィーク(世界イタリア料理週間)は、どんな内容なのでしょうか。
ヴァッターニ大使:今年は11月14日〜20日の1週間が、世界イタリア料理週間です。イタリアの食文化のさらなる普及を目的としたイタリア外務省のプロジェクトで、世界中のイタリア大使館により毎年11月に開催され、今年で第7回目を迎えます。今年のテーマは「共生、サステナビリティ、イノベーション:イタリア料理の食材は私たちの健康を守り、地球を守る」。シンガポールでは、イタリアレストランや会員制クラブ、料理学校などで、特別メニューの提供、ワインテイスティング、料理教室など様々なイベントが開催されます。イタリアから専門家を呼び、子どもの健康的な食生活に関するレクチャーも行う予定です。詳しくは大使館のウェブサイトをご覧いただければと思います。
ー 以前、日本にもお住まいになっていた時期があったのでしょうか。
ヴァッターニ大使:はい。2003年にEU欧州連合によるETPジャパン・プログラムに参加し、東京に住み始めました。ヨーロッパのビジネスマンが日本で円滑に仕事ができるように、日本語をはじめ経済や生活習慣などを学ぶ素晴らしいプログラムでした。このプログラムを通して私のヨーロピアンとしての考えは大きく変わりました。1年間の勉強と6カ月の企業研修を終え、そのまま2008年まで4年間、在京イタリア大使館に勤めました。その後も大阪総領事として、また本の執筆のために数年間京都に住んだこともあります。
7月の外相会談にて(左から)ヴァッターニ大使、バラクリシュナン シンガポール外相、ディ・マイオ伊外相、イタリア担当シンガポール大使C.K. Ow氏
リパブリックプラザ33階に引っ越しした新しいイタリア大使館
ー 日本を好きになるきっかけはあったのでしょうか。
ヴァッターニ大使:私の叔母が日本と仕事をしていて、日本語も喋れたんです。叔母が日本とイタリアを行ったり来たりしているところを見て、影響されたのかもしれません。けれど、実のところ明確な理由は自分でも分かりません。日本の食べ物や芸術、音楽、言葉、色、立ち振る舞いや習慣、そういったものを日本に実際に住んで、見た時に「なんでか分からないけど落ち着く」と感じたんです。簡単に言えば日本の「美学」は素晴らしいと思うからです。頭で考えるのではなく、感じることに重点を置いている。どうやって見るか、どうやって聞くか、どうやって感じるか。そういった日本のスタイルが、私には合うんです。
ー イタリアと日本の文化や習慣の違いをどのように感じているのでしょうか。
ヴァッターニ大使:人の動き方や話し方、外見だけを見ると全く違うように見えると思います。けれど、イタリア人と日本人は「オリジナル」を愛するという精神的な共通点があると思うのです。
例えば魚料理。イタリアでは魚本来の味や見た目が残るように調理します。和食もソースや調味料で味が変わるまで手を加えませんよね。他の文化の料理を見ると、素材の「オリジナル」がわからないものが多いです。また日伊両国ともに食に対する興味が強く、生活の中に食文化が浸透している点はすごく似ていると思います。イタリアだったら「今はカルチョーフィの季節だからあの町のあのレストランに食べに行こう」となります。日本でも、美味しいものの産地や季節をみなよく知っていて、そのためだけに遠方へ足を運ぶのと似ていますよね。そういった意味でも、どちらの国も「オリジナル」を大切にしていると私は思います。
イタリアと日本は歴史も似ています。都が、日本は西から東へ、イタリアは南から北へ移動した歴史があります。ずっと同じ場所に都があり、常にそれ以外の町はすべて田舎という考え方の国とは性格が違うわけです。
また、イタリアと日本では、国の成り立ちも似ています。例えば、イタリアは統一以前はナポリ、フィレンツェ、トリノ、シチリアなど、それぞれの都市が「国」でした。昔の色々な「国」が一つになって出来たのが、イタリアという国なんです。
ー 日本の江戸時代の「藩」と似ていますね。
ヴァッターニ大使:そうなんです。なので、現在のイタリアでも都市ごとにそれぞれの特有の文化や方言があり、アイデンティティが全く違います。「一緒にされたくない」という気持ちがあり、都市ごとに誇りをもっています。大使としてPR活動をするときも、その点を気を付けなければいけません。一つの場所ばかり宣伝してしまうと「おいちょっとどうなってるんだ」となってしまう。日本も同じだと思います。
ー なぜ大使になられたのでしょうか?きっかけは何かあったのでしょうか。
ヴァッターニ大使:家族の仕事だから、と言いましょうか。祖父の代からで、父は大使、弟も外交官。子どもの頃、私は外交官にはそんなになりたくはありませんでした。大学を出て外交官になり、アメリカやエジプトに赴任し、それはそれで大変良い経験になりましたが、自分がずっと想いを寄せていた日本に赴任となった時に初めて「この仕事のおかげで、好きな場所に住むことができる!」という自由な気持ちを得ましたね。
今回が初めての大使という立場なので、私にとって非常に良い経験になっています。私の叔父も、実はここ(シンガポール)の大使でした。それが理由で在シンガポール大使になったわけではありませんが、ひょんな縁がおもしろいし、びっくりしています。今でもシンガポールで叔父の友人だった方たちに、とてもよくしていただいているんですよ。
ー 大使をやっていて、うれしかったことはありますか。
ヴァッターニ大使:外交官のキャリアの中で、大使になることは大きなステップです。大使にならない外交官も多いですし、大使職に付けたこと自体うれしく思っています。でも、ものすごく忙しいんですよ。イタリアでシンガポールの重要性が高まり、両国間の仕事は増大していますが、大使館の人員規模はそのままなので、大忙しなんです。7月にはイタリアからディ・マイオ外務大臣が来星、シンガポールのバラクリシュナン外務大臣と外相会議が実現しました。また8月には大使館の引っ越しという大仕事も成し遂げました。リパブリックプラザ33階のギャラリースペースも併設した広々とモダンなイタリア大使館をスタートさせました。特記すべきは、シンガポールにいるイタリア人は非常に有能な方々が多いということ。ここには国際的でビジネス上手なイタリア人社会があるのです。企業も研究者も、イタリアレストランもレベルが高いと思います。そういったことも含めて、シンガポールの大使になって良かったです。
ー これからシンガポールの中でやりたいことや、夢はありますか。
ヴァッターニ大使:多くのシンガポール人が、観光でよくイタリアを訪れています。初めてイタリアの名前を聞く、という人はそんなにいないはずです。私がチャレンジしたいことは、彼らのイタリアのイメージをもっと広げることです。ファッション、文化、食べ物に関しては、すでに知られていますが、イタリアが持つ技術力や研究については、まだあまり知られていません。「イタリアは楽しいね」とか「美味しいね」と言っていただけるのは素晴らしいことですが、それだけではないイタリアを知ってもらいたいのです。多くのイタリア人研究者、イタリア企業が、ロボットやAI、医療、薬学、宇宙工学などの最先端の分野で、シンガポールで勢力的に仕事をしています。イタリアの技術力をシンガポールの方々に知ってもらい、両国の企業や研究機関が共同で仕事を進めていくチャンスを増やしたい。それが私のやりたいことですね。
大使公邸でのインタビューの様子
ー 子ども達に向けて、メッセージをお願いします。
ヴァッターニ大使:一番心配しているのは、リアルとフェイクのことです。今の人達は、手で何かを作ったり、手で書いたりを、ほとんどしません。例えば音楽の場合、もし自分でリアルにドラムを弾いたら、自分のリズムができます。今はコンピューターでサンプリングして音楽を作ろうということを音楽の授業でもやるようですが、他の人のリズムを使ったら、それは自分のリズムではなく、どこまで行っても他の人のリズムです。これは全てのことにおいて、言えることです。自分の手で作らずに、コンピューターの中で見つけた他の人が作ったものを利用しているだけでは、想像力も減ってしまう。子ども達に言いたいことは、「できるだけ本物を作ってください」ということです。スクリーン上で作るのではなく。
日本人の子ども達はとてもラッキーだと思います。テクノロジーばかりの社会に反対するための武器をたくさん持っています。それは日本の持つ「道」という文化です。茶道、剣道、武道などの、生き残るための武器があります。他の国には、こんな文化はありません。たぶん、この先、テクノロジー主導の社会からは逃げられません。でも、日本には「道」という「宝」がある。この「宝」を使って、いろんな解決ができるはずです。「どうしようこの世界が嫌い。どこに逃げられるか。」となった時、「宝」がない多くの国は、逃げ場所や助けてくれる手段がありません。でも、日本には、「道」という「宝」があります。そして、それはまだ生活の中に生きています。解決法を教えてくれます。私は以前、どこかに逃げたくなったとき、ありがたいことに日本の「道」に出会いました。剣道です。剣道を知ったとき、救いになりました。「道」の精神性は、世界のどんな場所にいても使うことができる、大切なものだと思います。
日本人は比較が好きだと思います。お互いの違いをはっきりさせます。しかし、今の日本人は優しいから、積極的な比較ではありません。自分のアイデンティティを守りたいという意識が残念ながら薄くなっているように思います。みんなが同じ意見。平等の世界も素晴らしいけれど、アイデンティティを守るためには戦わないといけません。だからあなたたち学校の先生には、できるだけ、子ども達のアイデンティティを守ってほしいです。
ー 外交官や大使を目指している子ども達に対して、仕事するためにどんな気持ちでいるべきか、何を大切にするべきかを教えてください。
ヴァッターニ大使:まず、絶対的なコンパスとして持つべきことは、自国の利益です。それが、国の代表として働くということ。まず、自分の国の利益が第一だということを忘れないようにしないといけません。2つ目は、滞在国側の利益。例えば「シンガポールは何がほしいか。シンガポールにとって何が大事か。」それを理解することが大事です。それは、滞在国の人達をリスペクトすることになります。そして、3つ目は自分の中で、できるだけ「楽しく」することです。悪いことが起こっても、できるだけ軽く捉えるようにする。ひどいことを軽く、小さいことを大事にします。4つ目は、好奇心をもつこと。どんな国に行ってもその国に対する興味をもたないということにならないようにしてください。
もちろん、外交官としていま働いている国に入れ込みすぎないことも大事です。入れ込んでしまうと、私達(自国)の利益ではなく、相手(他の国)の利益になります。これは外交官として本当に気をつけなければならないこと。入れ込みすぎると、誤解を生みやすいですし、戦争に到る場合もあります。
大使公邸でのインタビューの様子
ー これまでで、一番大変だった仕事はなんですか。
ヴァッターニ大使:シンガポールでは、大使として初めてイタリア外務大臣を迎えた時が、一番大変でしたね。でも面白かったし楽しかったです。また、シンガポールのハリマ・ヤコブ大統領に信任状の奉呈に行ったときも緊張しましたね。イタリア大統領からの信任状を携えて、初めて公式な場でイタリアの国の代表として話をしたのですから。
ー 本日はインタビューありがとうございました。ヴァッターニさんから見た日本の文化や習慣を、日本人として、再発見することが出来ました。また、イタリアと日本との共通点を知ることが出来て楽しかったです。
インタビュー後記
今回はシンガポールでイタリア大使を務められているマリオ・ヴァッターニさんに取材を行いました。それは、私にとって新しい発見でした。ヴァッターニさんの視点から照らし合わせた時、イタリアと日本の国の成り立ちや、「オリジナル」を愛する精神といった共通点に気づかせてくれました。
また子ども達に向けて語られていた「スクリーン上ではなく、自分の手で作る」ことは、美術を教える私自身、大切にしている考え方です。便利な時代だからこそ、子ども達には自分で見つけ、考え、創り出してほしいです。
ご多忙な中、取材を承諾してくださったヴァッターニさん、サポートしてくださった明美子大使夫人、素晴らしい時間と貴重な体験をありがとうございました。
インタビュー後の記念撮影
(左から)松田航平教諭、ヴァッターニ大使、恒川園梨教諭
インタビューは2022年7月16日、大使公邸にて行われました。