レストランで食事をした時の、おいしい料理や洗練された給仕。美容室で、あなたの顔に似合うように整えられた、おしゃれな髪型。銀行窓口での迅速な応対   これらは、ITEと呼ばれる機関の教育の成果かもしれません。今回は、シンガポールの教育制度の一端を紹介します。

■ 技能や技術を学ぶ機関

ITEとは、Institute of Technical Educationの略で、技術や技能を学ぶ国立の教育機関です。中学校を卒業した生徒たちの進学先の一つとなっていて、1992年に創設されました。

国内に、Central、East、Westつの学校(College)があります。キャンパスは校合わせて11か所にあり、生徒数は約24,000人に上ります。


ITEには、3つの学校があり、キャンパスは合わせて11か所にあります

■「 いま」の社会に合った実用的な技能を学ぶ

 

ITEは、様々な産業部門からの要望に合った専門技能や知識を、学生たちに身につけさせることをねらいとしています。社会が求める実用的な専門技能や知識を身につけさせることで、次々と新たな課題が生まれる、変化の激しい現代の世界経済に対応できる人材を育成しているのです。

学ぶ期間は、1〜2年間です。その後は、即戦力を期待され、新卒者の93%3か月以内にフルタイムの仕事に就いています。

また、企業が生徒を実習生として受け入れ、給与も支給しながら業務を体験させるプログラムもあります。ITEと企業が密接に連携しながら、「いま」必要な人材を育てているのです。

 

■ 幅広い70以上のコース設定

 

生徒たちには70以上のコースが用意されています。工学から機械技術、経済・経営、接客まで、幅広く設定されたコースの中から、興味や希望に合ったものを選択して学んでいきます。

 

■ 旅行業界への就職をめざして学ぶ

 

ITE College Westのクレメンティキャンパスには、経営やサービス産業に携わろうとする生徒に向けたコースが用意されています。

観光旅行のサービス技能を学ぶコースでは、次のような講座が開かれています。

〈効果的なコミュニケーション〉

電子メールで返事を出す、簡単な報告書を書く、電話応対をする等の技能を身につけます。

 

〈顧客との取引関係〉

顧客との信頼関係の築き方、要望や需要を取り入れた対応ができるような技能を身につけます。

 

〈旅行産業概論〉

旅行産業や経済の構造、旅行の社会的、文化的な影響について理解します。

 

〈職場実習〉

旅行産業で働く実習の機会です。


教室の壁はスクリーンになっていて、簡単な操作で世界の様々な観光地の映像を映し出せる装置を備えています。生徒たちはこれを前に、添乗員のように案内する技能も身につけます

■ 講師の手本を見ながら実習

 

調理技術を学ぶコースでは、ウェスタン料理の腕を磨きます。鳥、豚、牛の肉から魚介類まで、幅広く扱います。

生徒たちは、講師の指導を受けながら調理をし、一皿ずつ丁寧に盛りつけていきます。講師が手本として示す作業の様子をじっくりと見て覚え、その後7〜8人の生徒が順番に実習します。海外から講師を招くこともあります。

このコースの卒業生は、レストランやホテルで、シェフやそのアシスタントとして働いています。

調理技術コースで身につける技能の例

  ・ 食肉処理

  ・ スープやソースを作る

  ・ 指定された材料で料理を創作する

  ・ 簡単なデザートを作る

  ・ 献立を作る

  ・ 食材の原価や経費を計算する

  ・ ビュッフェのテーブルで食事を提供する

  ・ 食事が出された時のお客さんの様子をよく見て、
   要望や不満をつかみ、期待に沿うように対応する


講師の指導を受け、生徒たちが調理や盛り付けをします

■ 現場で学ぶ 生きた知識と技能

ウエーターやウエートレスのような、料理店で給仕をする人材の育成のためにも、コースが設けられています。

学んでいるのは、注文をとり、料理を運ぶことだけではありません。それらに加え、食べ終わった皿を下げ、食事の済んだテーブルを片づけ、次のお客さんのために準備をする、といった数多くの作業を、満席の状態であっても、お客さんへのもてなしをしながら滞りなく行える技量も磨いています。

生徒たちはか月間、現場に出て実習生として働き、実用的な技能を高めていきます。クレメンティキャンパスの中には、レストランが備えられています。ここでは、調理技術を学ぶコースの生徒たちが料理を作り、給仕技術を学ぶコースの生徒たちが、食事や飲み物を運びます。一般の人も客として利用でき、生徒たちは実践練習を積み重ねています。

■ 格安な授業料 半年で1万円

これらの教育を受けるのに必要な費用は、半年でわずか153ドル(約1万円)です注。どのコースで学んでも、金額は同じです。日本では、調理師の専門学校に進学した場合、年間の授業料は50万円を下りません。実習費等を含めて、年間100万円以上かかることも珍しくありません。それと比べても、ITEの授業料の安さは際立っています。

キャンパスや履修コースの数の多さ、設備の充実ぶりと合わせて考えても、この国が政策として、ITEを通した人材の育成に大きな力を注いでいることがわかります。

注)シンガポール国民が、フルタイムのNitecコースで学ぶ場合。

■ 実践的な学習  日本の商業高校でも

 

日本の教育の中に、ITEに似たものを探すと、商業高校や工業高校がそれに当たるでしょう。日本の商業高校でも、職業の知識と技術を身につけることや、専門性を伸ばすことを重視しています。就職や進学への道が広がるように、資格の取得を推奨しています。

ある商業高校では、簿記、原価計算、会計実務などを中心に、会計処理能力やビジネス活動に必要なコミュニケーション能力を育成するための学習をしています。また別の商業高校では、市場調査から始めて、生徒たちが商品開発を行い、価格や製造コストの検討などを重ねて店頭で販売するまでを体験させています。さらに、正しい電話の応対や接客、ビジネスマナーを正しく理解し習得できるような授業を取り入れているところもあります。

 

■ 生き生きと学ぶ生徒たち

 

シンガポールの教育制度は、様々な試験と密接にかかわっています。

子どもたちは小学校卒業時にPSLE(Primary School Leaving Examination)と呼ばれる試験を受け、能力に応じた中学校へ進学します。中学校でも、GCEGeneral Certificate of Education)と呼ばれる一般教育認定試験を受け、‘N’(標準)もしくは‘O’(普通)のレベルによって進学先が異なります。

試験によるこうした振り分けは、早い段階から子どもの能力を見極め、それに適した教育を受けさせようという、シンガポール政府の方針に基づいています。

したがって、ITEに入学してくるのは、いわば試験の成績によって、大学や高等専門学校(ポリテクニック)以外への進学を余儀なくされた生徒たちが大半です。しかし、そこで学ぶ生徒たちの表情は、真剣でやる気に満ちているように感じます。観光客を案内する仕事、ホテルの客室を整える仕事、おいしい料理を作る仕事、食事の皿を運ぶ仕事。自分の将来を見据えて、希望する職業に就くための技能や知識を身につけようと、目的意識をもって積極的に学んでいます。

自分が選んだ仕事にやりがいやおもしろさを見つけ、楽しそうに学んでいる姿が印象的でした。

もっと詳しく知りたい方は

・ITE : http://www.ite.edu.sg/ite/index_op.html

・MOE(シンガポール教育省) : http://www.moe.gov.sg

編集部:湯山修一