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Letter from Clinic (Feb issue) 2022

28 Jan 2022

臨床心理士・公認心理師  松永 法子


 「一月往ぬる二月逃げる三月去る」というように、日本では冬から春に季節が移り変わる時期です。当地は、季節の変化を感じづらいのですが、雨季と乾季があり、スコールと呼ばれるような短時間で激しく降る雨に遭遇することがあります。雨が降る前は、少し風が出て、雨の匂いがしてきたかと思うと、みるみる空が暗くなり、強い雨が降ってきます。雨の気配を感じ、焦って足早に移動してしまうと、ずぶ濡れになってしまい、東屋などで雨が過ぎるのを待っていれば、濡れずにすんだのにな…と思うことがあります。


 皆さんは待つことは得意ですか?


 昨今、様々なサービスがオンライン化され、スマートフォン一台で予約や手続等ができてしまうため、以前と比べ待つといったことも少ないように感じます。特に、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を防ぐためにStay homeが推奨されたことによっても拍車がかかり、「早く、便利に、効率的に」という日常では、待つ時間が削減されています。日々の生活の中で待つということは多くあるかと思いますが、今回は、大人の視点から待つことについて考えてみたいと思います。


子どもとの関わりの中で待つということ


 大人は時間を意識しながら行動していますが、特に年齢の低い子どもたちは、自分の世界の中で過ごしています。例えば、朝はとても忙しい時間帯ですが、子どもがマイペースに食事をとっていると、周りの大人の方が時間を見て焦ってしまうことがあります。大人が慌て始めると子どもも不機嫌になってしまう、という場面に出会うことはないでしょうか?予め時間にゆとりをもって行動すると、大人も子どもも気持ちの余裕が生まれます。待てる環境を調整することは、子どもと接する上で有効な手段の一つかもしれません。しかし、大人が待つことができても周りが待ってくれないこともあります。約束の時間やバスの時間が決まっている場合は、落ち着いて子どもにも見通しを伝え、待ってみてください。子どもたちが「自分でできた」という手ごたえを持たせてあげることは、子ども自身の自信に繋がります。


 一方で、年齢が上がってくると、子どもとのやり取りの中で伝わらない感じがしたり、喧嘩になったりすることもあるかと思います。例えば、親が子どもの将来のことを思って、勉強するように伝えたけれど、そんなことは分かっている、と本人と言い争いになってしまった等…親の期待や不安が大きくなればなるほど、口も出したくなってしまう…そういったこともあるかと思います。私が、日本で勤務をしていた時、学校には登校できるけれど、教室には行きづらい子どもたちと一緒に学校で過ごしていた時があります。いつものように教室とは違う場所で子どもたちと過ごしていましたが、少しずつ子どもたちの様子に変化が見える時がありました。「ここまではできるけれど、ここは一緒にやって欲しい」というような子ども自身が課題を見つけ、自分で考え、発信してくれるといった場面が増えてきました。すぐに本人の望む結果が得られないこともありましたが、周囲の理解や協力もあり、それぞれが勇気を持って、一歩ずつ前に踏み出していくことができたと確信しています。目先のことではなく、長期的に待つことではありますが、子どもたち一人ひとりのタイミングを待つことは重要です。


大人自身が待つということ


 お勤めの方は、それぞれの立場や役割の中で、業務に取り組まれていることと思います。海外勤務の場合、現地の方とのやり取りもありますし、言語や文化の違いから、伝わりづらいことや、仕事を進めていく中で、前に進みたいけれどうまくいかず、焦って不安な気持ちになることもあるかと思います。もし、疲れたなと感じたら、無理せず立ち止まってみることも大切です。休息をしたり、他のことに目を向けたりしている中で、状況が変わる場合もありますし、自分の中でも少しずつエネルギーが溜まることで「よし、やってみよう!」と次へ動き出すタイミングがきっと来ると思います。また、メールやSNSといった便利なツールがありますが、返信を待つことが苦手な方もいらっしゃるかと思います。人によっては、自分の考えや気持ちが整理できないこともあるでしょうし、返信を待つことで相手も話をしたいと思うことに繋がることがあります。


 一方で、相手に期待をして、待ってはみたものの状況は変わらなかったという場合もあります。こうあるべきだ、こうあって欲しいといった願望が強ければ強いほど、焦りやイライラに繋がり、不安な気持ちが膨らむと、自分でも気づかないうちに、誰かにその不安を押し付けてしまうことがあります。その結果、自分や相手も疲れてしまう可能性があるため、過剰な期待をせずに待つといったことも大切です。


 当地での新型コロナウイルスの感染状況は、新たな変異株の出現があるなど、まだまだ気の抜けない日々が続いております。このような状況下の中でも、それぞれの方が試行錯誤しながら、新しい発見や楽しみを見つけられていらっしゃるかと思います。


 春を待つように、平穏な日々が戻ることを心から祈っております。


プロフィール  松永法子(まつなが のりこ)
資格:公認心理師・臨床心理士・保育士
所属:シンガポール日本人会クリニック
通信制高校・中学校・教育支援センターで児童・生徒の支援、子育て支援センターで乳幼児健診後のフォローアップや子どもやその保護者を対象にした相談、大学の非常勤講師、医療機関勤務(精神科)を経て、2018年12月より現職。

 Letter from Clinic (Feb issue) 2022