Letter from Clinic (July issue) 2021
01 Jul 2021
臨床心理士・公認心理師 原田舞香
7月に入り、新年度にシンガポールに来られた方は新しい生活に慣れて来た頃でしょうか。新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により思いがけない生活が続く中、もしかするとご夫婦関係、親子関係、職場での人間関係、友人・知人関係における問題が出て来た、行き詰まりのある方がおられるかも知れませんね。そんな時、ご自身のコミュニケーションについて、少し見直してみませんか?
今回は「聴く」ことについてご紹介します。「聴く」ことは、特にカウンセリングで大切にされ、「傾聴」と表現されることもあります。「聴く」ことは、相手の気持ちや考えや欲求を理解しよう、相手が自分に伝えようとしていることを受け止めようという意識を持ち、積極的かつ能動的に耳を傾けるという意味があると言われています(野末 2015)。そして「聴く」ことは、コミュニケーション・トレーニングである「アサーション」の中でも取り入れられており、カウンセリングだけではなく、実は日頃の人間関係の中でもとても大切なことです。
では早速Aさん(専業主婦の妻。夫と小学生の息子の3人暮らし)のやり取りを見てみましょう。
(週末の午前中)
Aさん:息子のことでちょっと聴いてほしいことがあるんだけど・・・
実は昨日・・・
夫:(イライラした口調で)仕事中だから後にしてくれる!?
Aさん:・・・(息子のことで大事な話だったのに・・・)
私達はつい、相手が何か話そうとしているとき、Aさんの夫のように「後でね」と突っぱねてしまったり、その時取り掛かっていることやスマホから目と手を離さず生返事をしてしまうことがあるかも知れません。もちろん「今はどうしても聴けない」という場合もあるかと思います。
それでは、Aさんの夫、ここからどうするか、続きを見てみましょう。
Aさん:・・・(悲しそうな表情で立ち去ろうとする)
夫:(そういえば「聴く」ことが大切だって、南十字星に書いてあったっけ?とハッとして)・・・ごめん、今日、息子が寝てから聴かせてくれるかな?
Aさん:有難う。
(息子就寝後)
夫: 今朝、息子のことでと言っていたけど、何かあったの?
Aさん:実は、昨日息子がクラスのお友達から「もう遊ばない」って言われたみたいで・・・学校の先生に相談するかどうか、迷っているところだったの。
夫: そうか、そんな大事な話だったのか。それで、息子はどんな様 子なんだ?
Aさんにとっては息子のことで大事な話を聴いてもらうことが出来、Aさんの夫も心の準備をして落ち着いて話を聴くことが出来たのではないかと思います。
Aさんご一家のこの後の詳しいやりとりは紙面の都合でご紹介出来ませんが、忙しい時は後からになっても構わないので、相手の話を聴く時間を取りましょう。その際は、聴こうという気持ちはあるけれど、今は難しいこと、いつなら聴けそうか、という見通しを伝えておくことで、相手は安心することが出来ます。
そして話を聴くときは、まず「批判しない」、「評価しない」、「アドバイスしない」、の三つに留意し、相手の方を見て、一通り話し終えるまで相手の話を遮らず、時々うなずきながら耳を傾けることが大切です。
一通り話を聴いてから自分の意見やアドバイスを求められることもあるかと思いますが、その際は「あなたはいつも〜だ」「どうせ〜なんでしょう?」と断定することは、相手の気持ちを理解することの妨げとなる可能性があります。まずは相手の気持ちに注目して「それは辛かったよね」「それは心配だったね」など、一旦は受け止めたことを伝えましょう。
それから、「どうして〜なの?」「なんで〜なの?」と疑問形で尋ねることは、時として相手が責められているように受け取ることがあるので、「〜について教えてほしい」「〜について知りたい」と落ち着いて伝えることが大切と言われています(野末 2015)。
こうして相手も「聴いてもらえた」という感じがすると、最初は興奮していても少し気持ちが落ち着いたり、話しながら問題を整理することが出来、自分でこの後どうすればいいのか考えが浮かんだり、一緒に出来ることを見つけられることもあるかと思います。
なお、この「聴く」ことは大人同士の場合だけではなく、お子さんとのコミュニケーションの中でも同様に大切です。私自身もうっかり子ども達の話を「はいはい」と聞き流しそうになり、よく聴いてみると実はとても大切な話だった、ということがあります。
しかしながら、時にこじれてしまったご夫婦関係、親子関係、職場での人間関係、友人・知人関係には、様々なケースがあると思います。「私があの人に話そうとしても、聴いてくれない」「書いてあることは分かったけど、それが出来たら苦労しないよ」「もはや話すとか、聴くとか、そういうレベルの問題ではなくなっている」といった場合もあるかも知れません。
このような人間関係の問題を始め、こころの悩みを抱えた時、母国語で専門家に相談出来るということが、ご自身の助けになる場合もあるかと思います。私たち心理職は、カウンセリングの中で、皆さんのお話しを「聴く」ことから始めます。そこから、解決の糸口を見出し、客観的な立場から今一緒に出来ることを考えて行きます。微力ではございますが、当クリニックもその一助になることを願っています。
<引用・参考文献>
野末武義 2015 夫婦・カップルのためのアサーション 自分もパートナーも大切にする自己表現
金子書房
プロフィール:原田舞香(はらだ まいか)
公認心理師・臨床心理士(日本臨床心理士資格認定協会)
大学心理学専攻卒業後、民間企業勤務を経て大学院修了。大学研究所、心療内科クリニック、リワーク支援機関、勤労者のメンタルへルス相談・研修講師を務める。2009年〜2015年中国在住。子育て支援、中医クリニック等の臨床経験を経て、2018年〜シンガポール日本人会クリニックに勤務(非常勤)。
好きなこと:早朝のヨガ・ウォーキング、バス路線の新規開拓。
お気に入りの場所:最近Membership Cardを作った最寄りのPublic Library